高瀬舟|森鴎外-あらすじ

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高瀬舟は1916年に発表された森鴎外の短編小説です。 罪人を島流しにする高瀬舟に乗せられた喜助の身の上話における、安楽死の是非がテーマになっています。

森鴎外は陸軍省で軍医を務めた経歴があり、恐らくは自分の経験の中でこのような葛藤を抱いていたのでしょう。 安楽死が罪に問われなければならないのか、この話を読んで一度考えてみてはいかがでしょうか。

あらすじ

高瀬舟は京都の高瀬川を渡る小舟で、罪人を島流しにするためのものです。 高瀬舟に乗せられるのは重罪人ですが、しかしだからと言って極悪人ばかりという訳ではありません。 不幸な事情があったり、思わぬ罪を犯してしまった人が大半でした。

護送役の同心はそんな罪人の悲惨な事情を細かく聞くことができました。 情け深い同心なら涙を禁じ得ないものも多く、そんな高瀬舟の仕事は同心仲間には不快なものとして嫌われています。

江戸の寛政の頃、高瀬舟に30歳ほどの罪人・喜助が乗せられました。 護送役の同心・羽田は、喜助が兄弟殺しの罪人であるということだけ聞いていました。

しかしこの喜助、今から島流しになるというのにその顔は晴れやかで楽しそうです。 羽田が今まで護送した罪人は皆一様に悲壮な顔をしていたのに、なぜそんな顔をしているのか不思議に思い事情を聴くことにしました。

喜助は自分がにこやかにしているのは自分の暮らしがそれ以上に苦しかったからだと言います。 辛い仕事を必死にしても食うに困るぐらいだったのに、牢に入れば食事を食べさせて貰えたし、島流しの際には今まで見た事もない支度金まで頂けたと話しました。

一旦は納得した羽田でしたが、このような純朴な男が弟を殺すだろうか、もっと深い事情があるのではないかと考えました。 そして改めて事件の事情を聞くと、喜助はこの殺人は弟を安楽死させるためのものだったと語ります。

喜助は小さい頃に親を亡くし、弟と二人で助け合って生きていました。 しかし弟が病気になって働けなくなると、喜助は一人で必死に働いて弟の面倒を見ていました。

ある日家に帰ると、弟は剃刀で喉を刺して死に損ねていました。 最早話すことはできませんでしたが、その目は「俺はどうせ助からないから早く死んで兄に楽になって欲しい、どうか死なせてくれ」と訴えているようでした。 そして喜助は剃刀を抜き弟を殺しましたが、しばし茫然となって佇んでおり、その様子を近所の人が見ていて役所へ連れられて罪人になったのですと語りました。

羽田はこれは果たして弟殺しなのか、喜助は罪に問われなければならなかったのか考えましたが答えは分かりませんでした。 お奉行樣の判斷に任せるしかなく、沈黙する二人を乗せた高瀬舟はただ黒い水面を進むのみでした。

感想

日本において他人を安楽死させる行為は、厳格な条件を満たしていなければ殺人罪となります。 しかし条件を満たすのは中々難しく、死にたいのに死ぬことができない人も少なくありません。

高瀬舟の兄弟における安楽死も、現代の法律においては違法性を問われることになると思います。 弟が兄に伝えた方法は目での懇願であり、これが条件のひとつである「明確な意思表示」と判断されるかは微妙な所です。 また事の顛末が兄の供述に依る所が多いので、それも問題視されるでしょうか。

真に死を望む人を殺すのは殺人なのか、自殺幇助は罪なのか、誰にも答えは分かりません。 羽田と同じようにお上の判断に任せるしかないでしょう。

物語において兄は罪を問われることになりましたが、その胸中は晴れやかでした。 それがこの物語のせめてもの救いと言えるかもしれません。

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