檸檬(梶井基次郎)-あらすじと感想

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檸檬は梶井基次郎の短編小説で、いつも不安を抱えている鬱屈した青年の心境を描いた物語です。

作者は肺病を抱えており、31歳の若さでこの世を去っています。 荒れていた時期に檸檬に心を慰められたことがあったようで、この物語は自身の経験を基にした作品なのかもしれません。

あらすじ

得体の知れない不吉な塊が私の心を抑えつけており、居たたまれなくなった私は街から街を浮浪し続けました。

その頃の私は裏通りのような見すぼらしく美しいものに強く惹きつけられており、そんな路を歩きならがらここは京都ではなくどこか遠い所なのだと想像し、その中にいる現実の自分自身を見失うのを楽しんでいました。

以前は丸善で雑貨や画集を見るのが好きでしたが、今は重苦しい場所にしか見えなくなっていました。 今の私が最も好きな場所は果物屋であり、そこに並ぶ果物の美しさが好きでした。

ある日果物屋に珍しく置かれていた檸檬を買ったのですが、それから街を歩くと心を抑え付けていた不安がいくらか緩んできました。 檸檬を嗅ぎ産地のカリフォルニアに思いを馳せて深々と空気を吸い込むと、元気が沸き幸福な気持ちになります。

どこをどう歩いたのか、ふと気づくと普段避けていた丸善の前にいました。 今日は一つ入ってやろうかと試してみると、それまでの幸福な感情はなくなり段々と憂鬱になっていきました。

本棚から出した取った画集をパラパラとめくってもかつて私を惹きつけた感情は沸かず、途中で気が重くなって本を元の場所に戻すことすらできずそこに置いてしまいます。 私は何度もそれを繰り返し積み上がった本の山を見ていました。

しかし檸檬の事を思い出すと興奮が蘇り、画集を積み上げて城を作り、城壁の頂に檸檬を乗せました。 そしてそのまま何食わぬ顔で店を出て行ったのです。

私はあの檸檬が実は爆弾で十分後に爆発したら面白いのに、と想像しました。 「そうしたらあの気詰まりな丸善も木っ端みじんだろう」そんなことを考えながら街を去りました。

感想

この話を端的に言えば、得体のしれない不安を抱えていた「私」が想像によって自分を慰め、テロリストになって爆弾を仕掛けた妄想をしながら帰ったというだけのものです。 ただそれだけの話ではありますが、この話の読了感はそれだけに留まらないことでしょう。

全体的に薄暗く灰色の調子がありますが、檸檬だけがとりわけ鮮やかな印象を持っています。 檸檬は妄想を、丸善は現実を象徴する存在であり、檸檬に耽る間だけは世界が鮮やかに彩られるのです。 最後の檸檬爆弾の件も、現実を妄想で吹き飛ばすことのメタファーであるように思います。

この話を読むとなぜだか心がざわつき、「私」にシンパシーのようなものを感じた人も少なくないのではないでしょうか。 誰しも得体のしれない不安に押しつぶされそうな時期があり、檸檬はそんな時期の心の機微を描いた青春小説と言えるでしょう。

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