雨ニモマケズ(宮沢賢治)の全文

雨ニモマケズは宮沢賢治の死後に発見された手帳に書かれていたものです。 病気で倒れて療養していた頃に書かれたもので、それから約2年後に亡くなっています。

詩として広く知られている本作ですが、宮沢賢治がこれを広く発表する気があったのかは定かではありません。 死後しばらく経ってから作品集に掲載されるようになり、やがて教科書に採用されるなどして宮沢賢治の代表作のように受け取られるようになりました。

あらすじ

雨にも負けず風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち
欲はなく決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずによく見聞きし分かりそして忘れず

野原の松林の陰の小さなかやぶき小屋にいて
東に病気の子供がいれば行って看病してやり
西に疲れた母親がいれば行ってその稲の束を背負い
南に死にそうな人がいれば行って怖がらなくても良いと良い
北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろと言い

日照りの時は涙を流し寒い夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼうと呼ばれ褒められもせず苦にもされず

そういうものにわたしはなりたい

南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩

補足

「寒い夏」は冷夏によって作物が不作になることを意味しています。

宮沢賢治は法華経を信仰しており、南無無辺行菩薩の件は法華経の仏への祈りです。 「南無」は祈りを表す語、続いているのが仏の名前です。

感想

この詩は一見すると清貧な印象を受けますが、それでいてどこか力強さのようなものも感じます。 病床では弱音や欲が出るものと思いますが、そんな中でも克己的であるのはどこか人間離れしているようにも見えます。 あるいは自分の余命が幾ばくもないことを意識しての辞世の句だったのかもしれません。

宮沢賢治の弟はこれを「詩ではなく祈り」と評しています。 あるいはただのメモ書きだったのかもしれませんが、この詩は広く知られたくさんの人に影響を与えました。 多くの人がこの詩を読んで、宮沢賢治と同じように「そういうものにわたしはなりたい」と思ったことでしょう。

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