人間失格(太宰治)のあらすじ

No Longer Human

人間失格は1948年に発表された太宰治の文学作品です。 人の営みが理解できず生きにくさを感じている主人公・葉蔵が自分の半生を綴った手記という形の物語です。

太宰は本作を完成させたひと月後に入水自殺しています。 明言されていませんが葉蔵は太宰自身がモデルになっていると思われ、そのため人間失格は太宰の遺書とも言われています。

あらすじ

第一の手記

私は人の営みが理解できない人間で、恥の多い生涯を送って来ました。

東北の裕福な家庭に生まれて「お前は幸せものだ」と言われていましたが、いつも地獄のような思いをしていました。 自分は人と違う考えをしており、人と上手く会話することができず、自分に自信が持てません。 少し悪く言われると自分が酷い思い違いをしているような気がして、気が狂うほどの恐怖を感じました。

私は人間を恐れていましたが関係を断ち切ることはできなかったので、他人と繋がるため笑顔を作って道化を演じていました。 幸い色々な本を読んで小咄にも通じていたので、人を笑わせるのには事欠きませんでした。

私は病弱でしたが成績が良かったため、学校で尊敬されかけていました。 私にとって尊敬の定義とは「人を騙して、やがて人に見破られて、死ぬ以上の恥をかかせられる」もので、尊敬されることを恐ろしく感じていました。

だから授業中に漫画を描いたり、列車のタン壺に小便をした失敗談を綴ったりして、お茶目に見られることで尊敬から逃れることに成功したのです。 しかし私の本性はそんなお茶目からは程遠いものでした。

人は皆、表向きは互いを称賛しつつも裏ではこき下ろして欺き合っています。 皆が清く朗らかに自分に自信を持ち、互いに欺き合っていることにも気づかず、不思議と誰も傷つきません。 私はそんな人間が難解で恐怖していました。

第二の手記

私は東北の中学校に進学し、親戚の家に下宿して通っていました。 人間への恐怖心は相変わらずでしたが、道化も板についてきてクラスの人気者になりました。

しかし道化の演技を竹一という生徒に見破られ、それからの日々は竹一が秘密を洩らすのではと不安と恐怖で一杯でした。 なので私は竹一が秘密を洩らさないように監視するため、彼の友人になりました。

ある日、部屋にやってきた竹一が、ゴッホの自画像やモジリアニの裸婦像を見て「お化けの絵」と評します。 これを聞いた私はこの画家たちもまた人間に脅かされ、しかしそれを道化で誤魔化さずにありありと表現するよう努力し、竹一が言うように「お化けの絵」を描いたのだと考えます。 私は将来の自分の仲間がいることに興奮し、将来は画家になってお化けの絵を描くことにしました。

やがて私は東京の高校へと進学して父の別荘に住まいます。 東京では画塾で知り合った堀木に遊びを教えられます。 彼は与太者で人の営みから外れているという意味で私と同類で、また進んで道化の役をしてくれるので気が楽でした。

堀木から教わった酒、煙草、女遊びは人間恐怖を一時的にでも紛らわせてくれました。 また共産党の秘密集会に私を連れて行ってくれ、そこの非合法で犯罪的な世界は楽しく居心地が良いものでした。

しかし父が東京での仕事を終えて別荘を引き払ってしまうと、私はたちまち金に困るようになりました。 私に一人で生きていく能力はなく、学業は疎かで出席日数が足りず、共産運動は激しさを増したので逃げ出しました。

そんな中で私はカフェの女給であり、どこか影のあるツネ子と惹かれ合います。 私は貧乏に耐えられず、ツネ子も人生に疲れていたようで、やがて二人は一緒に入水自殺します。 しかし私だけが助かってしまいました。

この事件は新聞に取り上げられ、駆け付けた親戚から「家族は激怒しており家とはこれっきりになるかもしれない」と聞かされます。

第三の手記

事件を起こした私は高校を追放され、父の知人であるヒラメの家に居候していました。 実家からは微々たる仕送りがヒラメを通して送られていたようですが、私と家との関係はそれきりとなりました。

ヒラメからこれからどうする気かと問われましたが何のアテもなく、唯一相談できる堀木を訪ねることにします。 すると遊び人だと思っていた堀木は実家で下駄を作る仕事をしており、私の思っていたような与太者ではなかったことに愕然とします。

そこで堀木に仕事を依頼していた未亡人の記者・シヅ子と知り合いになり、シヅ子の家で子供のお守りをしながら同棲することになりました。 私はシヅ子の紹介で漫画の仕事を貰えることになり、得たお金で酒やたばこを買っていました。

しかし自分が劣等な存在であるという認識からは逃れられずに段々と酒量が増え、金に困ってシヅ子の持ち物を売るようになり生活が荒れていきます。 やがて自分の存在が二人の幸せを壊してしまうことを悟ると、黙ってシヅ子の家を出ました。

それからはバーのマダムの男妾となり、亭主のような使い走りのような生活を1年ほどしていた時です。 バーの向かいに住んでいるタバコ屋の娘ヨシ子に好意を寄せられ、私もまた無垢な心を持ったヨシ子に惹かれてやがてヨシ子と結婚します。

アパートに部屋を借りて酒は止めて漫画を描き、二人で映画を見たり喫茶店に行ったりなど平凡な日々を過ごすうちに、これは自分もひょっとして真人間になれるのではないかと思うようになります。

しかしある日、人を疑うことを知らないヨシ子が言葉巧みに騙されて暴行を受けたのをきっかけに、その日常は崩れていきます。 その日からヨシ子は私の一挙一動を気にしてやたらに敬語を使うようになり、私は何もかも自分が悪いような気がして訳が分からなくなり、酒を浴びるように飲むようになりました。

ある日、家の砂糖壺の中にヨシ子が隠していた睡眠薬を見つけた私は、愕然として薬を全て飲み干しました。 三昼夜昏睡した後に私は目覚め、ヨシ子はそれから一層私にオロオロするようになりました。 やがて私は薬屋で処方されたのを切っ掛けにモルヒネを乱用するようになり、モルヒネ中毒となってしまうのでした。

どうにもならずに最後の手段として実家に救いを求める手紙を出しましたが、一向に返事は来ませんでした。 いよいよ川に飛び込もうかと思ったある日、私はヒラメと堀木に精神病院の隔離病棟に入院させられます。 ここに入れられた者は狂人であり、つまり自分は狂人ということになりました。

人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。

それから三か月後に長兄が病院へと訪れ、父が亡くなったことを報告し、私に田舎での療養を勧めに来ました。 実家から電車で四、五時間ほど離れた古い家に60頃の女中を付けてくれ、そこで暮らして三年が過ぎました。 今の自分には幸福も不幸もなく、ただ一切は過ぎて行きます。

感想

世間に違和感を感じた所謂「生きにくい性格」をした主人公(大庭葉蔵)の物語で、手記は葉蔵の27歳までを綴ったものです。 人は大なり小なりこのような悩みを抱えながら生きていると思いますが、葉蔵は「いい人過ぎる」性分故に出口が見つからず、破滅へと向かっていったような気がします。

物語は率直に言って気持ちの良いものとは言えず、狂人の狂気を記した作品とも言えます。 葉蔵は決して悪人という訳ではありませんが、どうにもならない己の性分に悩み、ダメになっていき、最後は己に人間失格の烙印を押します。 この生々しい描写はまるで太宰自身の苦悩が伝わってくるようです。

葉蔵は人間世界において「ただ一切は過ぎて行く」ことをたった一つを真理のように思うと記しました。これはシヅ子との同棲中に自分を評した「犬猫に劣るヒキガエルの生き方」です。 シヅ子と暮らしていた時はそれに愕然として酒量が増えていましたが、療養地では三年の月日を大過なく過ごせているようで心の折り合いを付けられるようになったのかもしれません。 ハッピーエンドではありませんが、これを受け入れられたのが葉蔵のせめてもの救いであると思います。

ちなみにこの人間失格は発行部数がとても多く、2011年に発表された「新潮文庫 累計発行部数トップ10」にて第二位の657万4000部を記録しています。 陰鬱な内容にも関わらずこれだけ支持されているのは、葉蔵と同じ悩みを持ち共感した人が多かったからのようにも思えます。

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