坊ちゃん(夏目漱石)のあらすじ

BOTCHAN

坊ちゃんは1906年に発表された夏目漱石の中編小説です。 漱石の中学教師時代の同僚がモデルで、その頃の経験を下地にして書かれています。

無鉄砲で喧嘩早いけど、まっすぐで素直な性格をしている坊ちゃんの半生を描いた作品です。

目次 [閉じる]

  1. あらすじ
  2. 感想

あらすじ

少年時代

坊ちゃんは小さい頃から無鉄砲で損ばかりしていました。 喧嘩やいたずらに明け暮れていたので、家族との仲はあまり良くありません。 母は早くに死に、父は兄ばかりを可愛がり、兄との仲も良くありませんでした。

味方をしてくれたのは下女の清だけで、不思議と坊ちゃんをちやほやしてくれました。 清は坊ちゃんは将来大物になる、その時はどうか私を置いてくださいと言うので、うん置いてやると返事だけはしておきました。

学生時代

坊ちゃんが中学を卒業した頃、父親が卒中で亡くなりました。

兄は遠方へ就職するため家と遺産を売り払い、坊ちゃんへ600円(※新任教師のひと月の給料が40円)渡して出て行きました。 兄にしては感心なやり方だと礼を言って受け取り、兄とはそれ以来会っていません。

貰った金をどう使おうか考え、600円ではろくな商売はできないだろうと学校に通うことにします。 清も坊ちゃんが一人前になるまでは仕方ないから、ひとまず甥の世話になると別々に暮らすことになりました。

学校を卒業すると四国の数学教師にならないかと誘われ、二つ返事で受けてしまいます。 実は教師になる気も田舎に行く気もなかったのですが生来の無鉄砲が祟りました。

度々会っていた清とも遠く離れることになり、別れの際にはもう少しで泣きそうでした。

教師時代

赴任先は想像以上に田舎でこんな場所に住めるかと思いましたが、引き受けてしまったものは仕方ありません。

学校に赴任すると山嵐とあだ名を付けた数学教師と打ち合わせをすることになります。 最初は山嵐のことを横柄で無礼な奴と見ましたが、色々世話をやいてくれて下宿先も紹介して貰えたので良い奴かもしれないと思いました。

教壇に立つと教師とは傍で見るほど楽ではない事を知りましたが。一週間も経つと大分要領が分かりました。

しかし街中で天ぷらそばを四杯食べていたのを生徒に見られて「天麩羅先生」とあだ名を付けられたり、宿直室にイナゴを入れられたりして学校が嫌いになりました。 同僚の教師もそれをこそこそ笑うので気に入りません。

ほどなくして山嵐に「坊ちゃんの乱暴で下宿先が困っているから出て行って欲しい」と言われました。 身に覚えのないことで坊ちゃんは山嵐への不信感を募らせましたが、しかし後に下宿の主人の作り話だった事が分かり二人は友情を深めます。

学生たちの喧嘩事件

ある日坊ちゃんと山嵐の二人は、中学生たちと師範学校生たちの喧嘩を止めることになりました。 結局自分たちも喧嘩に加わることになりましたが、これを新聞は「二人が従順な生徒を操ってこの騒動を起こした」と嘘を書かれてしまいます。

山嵐はその責任を負って学校を辞めることになりました。 それなら一緒にいた俺も辞めなければおかしかろうと校長に談判に行きましたが、どうにも校長の歯切れが良くありません。

実はこの件は赤シャツというあだ名の教師が山嵐を辞めさせるために画策したものだったのです。 納得いかない坊ちゃんは山嵐と一緒に赤シャツを成敗する計画を練りました。

芸者遊び帰りの赤シャツを待ち構え、コテンパンに叩きのめします。 「逃げも隠れもしないから警察に言いたければ言え」と言いましたが、結局巡査は来ませんでした。 赤シャツにも後ろめたいことがあるので、警察に話して藪蛇になることを恐れたのでしょう。

帰郷

坊ちゃんはその勢いで教師を辞めて故郷へ帰り、市電の技術者となりました。 小さな家に清と一緒に住み、玄関付きではありませんでしたが清は至極ご満悦の様子でした。

残念ながら清は二月に肺炎にかかって亡くなってしまいました。 坊ちゃんと同じ墓に入りたいと言ったので、墓は小日向の養源寺にあります。

感想

この小説の魅力は何と言っても無鉄砲で純朴な性格の坊ちゃんでしょう。 子どもの頃から無鉄砲でしたが、大人になってもやはり無鉄砲なままです。

あまり褒められたものではない事もしていますが、一本芯が通っているため無鉄砲でも痛快に感じられます。 坊ちゃんのように生きるのは中々難しいことですが、だからこそこの小説が支持されているのかもしれませんね。

リズミカルでユーモラスな文章と真っすぐな坊ちゃんは読者を強く惹きつけます。 中編小説ですがあっさり読めるので、人間関係に疲れた時にでも読んでもらいたい一冊です。

ちなみに愛媛県松山市は「坊ちゃん所縁の地」として市をアピールしており、関連施設や商品が多数あります。 作中が松山とは明言されていませんが、漱石が松山の中学校教師だった経験を下地に書かれていると考えられているからでしょう。

ただ本作を読むと漱石は作中で赴任先や人々を田舎・田舎者と30回ほどこき下ろしており、良い印象があったようには見えません。 松山市民や観光協会はそれでいいのでしょうか。

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