斜陽(太宰治)-あらすじと感想

The Setting Sun

斜陽は1947年に発表された太宰治の小説です。 斜陽は衰退しつつある物事を指す言葉ですが、この物語は没落貴族たちのお話しです。

本書が発刊された当時の日本は敗戦後の混乱で世の中の仕組みや価値観が目まぐるしく変わり、この物語さながらに没落する貴族が続出しました。 そんな狭間の時代と過渡期の犠牲者の生き様が描かれた一冊です。

あらすじ

貴族とは爵位があるから貴族という訳ではありません。 爵位がなくとも気品を備えた人もいれば、爵位はあっても賤民のようなものもいます。 そしてお母さまは本物の貴族でした。

私たちは日本が敗戦した年の冬に東京から伊豆に越してきました。 戦争が終わって世の中が変わりお金が無くなったので、叔父の進言通りに東京の屋敷を売って田舎に隠居したのです。

お母さまは「かず子がいてくれるから、私は伊豆へ行くのですよ」と仰ります。 私がいなかったらどうしたのかと尋ねると、お父様の亡くなったこの家で死んでしまいたいと仰って泣き出しました。 お母さまは父が死んだ時にもこのような弱気を見せませんでしたが、お金がなくなるとは本当に恐ろしいことです。

伊豆の人達は親切で、そこでは安穏と日々が過ぎていきました。 しかし私はこの山荘の安穏は偽りの見せかけに過ぎない確信があり、不吉な影が忍び寄って来ているような気がしてなりません。

ある日の叔父からの手紙で、戦争に行った直治が生きていること、酷いアヘン中毒になっていることを聞かされます。 お母さまは子どもたちの事は私にお任せくださいと返信しましたが、直治が帰って来てからが本当の地獄の始まりでした。

直治の帰還

直治が帰ってくると次の日には知人に会いに行くからとお母さまからお金を貰って東京へと出て行きました。 直治が麻薬中毒で苦しんでいた頃からもう六年になります。それが原因で私は離婚…いえ、私の離婚は運命として定まっていたような気もします。

当時の直治は私に手紙で麻薬を買うお金をねだり、直接会うのは恥ずかしいから小説の師匠である上原さんに届けてくれと言ってきました。 上原さんは奥さんとお子さんとの三人暮らしで、上原さんは直治を麻薬中毒からアルコール中毒に転換してしまえば良いなんて話していました。 その帰り際に上原さんは私にキスをして、それから私には「秘め事」が出来てしまいました。

ある日私は夫から小言を言われた時に、夫の気を惹くために「私には恋人がいるの」と言いました。 言うような関係ではありませんでしたが不貞を疑われることになり夫婦関係は冷え、死産を機に離婚することにとなりました。

直治は私の離婚に何か責任のようなものを感じたようで、僕は死ぬよと顔が変わってしまうほどに泣きました。 また薬屋に膨大な借金があることが分かり、そちらはお母さまに相談して少しずつ返すことになりました。

私は直治の気を紛らわせるために上原さんの人柄を褒めると、弟は酷く喜んで上原さんの小説を勧めてきました。 そのうちに私も上原さんの小説を本気で読むようになり、弟は毎晩のように上原さんの所に大威張りで遊びに行くようになりました。 上原さんの計画通り、弟はアルコールに転換していったようです。

あれからもう六年になりますが、弟も出口が見えず苦しいのでしょう。 何をすれば良いのかも分からず、ただ毎日お酒を飲んでいます。

上原との再会

お母さまは半分病人のように寝たり起きたりで、弟は家の物を売っては酒を飲みに行きます。 こんな生活がいつまでも続かないのは恐ろしいことでしたが、それよりもこの日常の中で私がただ終わっていくことに苦しみを感じてしました。 そんな日常の中で六年前の上原さんとのささやかな思い出は鮮やかさを増していきました。

私は悩んだ末に上原さんに「愛人にしてくれないか」と手紙を出します。 しかし岬から飛び降りる覚悟で出した手紙に返事はなく、それから計三通の手紙を出しても同様でした。 こうなっては直接会いに行くしかないと思っていたところで、お母さまが体調を崩しました。

お母さまは結核であり、もう手の施しようがありませんでした。 それから数か月後、お母さまは直治と私のたった二人の肉親に見守られて静かに息を引き取りました。 まるで幽かに微笑んでいるような死顔は聖母マリア様のようでもありました。

母が亡くなって、いよいよ私は恋心に縋らなければ生きていけないと、上原さんに会いに行くことにしました。 奥さんに聞いたお店に行ってみると、そこには六年前の見る影もない背中を丸めた老猿がおり、酒を浴びるように飲んでいました。

上原さんの態度から、私の手紙を読み、そして私を愛していると察しました。 「今でも、僕を好きなのかい」と歩きがてらキスをされましたが、悔し涙のような苦い涙が出ました。 上原さんは「しくじった。惚ほれちゃった」と笑いましたが、私は笑う事が出来ませんでした。

私は上原さんと一夜を共にしました。 しかし私の心境は「仕方ない」というもので、その恋心は消えていました。

やがて夜が明け、傍で眠っている上原さんの寝顔を見ると、死ぬ間際のような疲れ果てた顔がありました。 それはこの世のものでないかのように美しく見え、恋が蘇ったようなときめきを覚えます。 私が寝顔にキスをして悲しい恋は成就し、私は幸福を感じました。

直治はその朝に死んでいました。 私を自分の死体の最初の発見者にするのが忍びないから、私が家にいないのを好機だと思って自殺したようです。

その遺書には生きにくさを感じていたこと、生きていくのに麻薬が必要だったこと、母の愛を想うと母が生きているうちは死ねなかったこと、そして人妻に恋心を抱いていたことが書かれていました。 私はそれから一か月のあいだ冬の山荘で一人過ごし、上原さんへ最後の手紙を書きました。

上原さんへの手紙

どうやらあなたも私のことをお忘れになったようです。 しかし私は望み通りにお腹に子を宿すことができて幸福です。

あなたは今も退廃的な生活をしているのでしょうが、酒を止めて立派に仕事をしろなどとは申しません。 そんなことよりも悪徳生活をした方が、後の世の人からかえってお礼を言われるかもしれません。 私たちは過渡期の犠牲者なのでしょう。

私たちの身の周りには古い価値観が横たわって行く手を遮っています。 しかし私はその古い価値観を僅かながら押しのけられたと思いますし、今後も生まれてくる子と共に戦い続けるつもりです。 あなたが死んでしまっても私は私の革命を立派に生きていけそうです。

私にこの強さを与えてくれたのはあなたです。 私もこれから生まれてくる子もあなたを誇りに生きるつもりですので、どうかあなたもあなたの闘いを続けてください。

私はもうあなたにお頼みする気はありませんが、一つだけお願いがあります。 私の生まれた子をたった一度で良いから奥様に抱かせて「これは、直治が、ある女のひとに内緒に生ませた子ですの」と言わせて欲しいのです。 なぜそんな事をしたいのか私にもよく分かりませんが、そうさせて頂かなければならないのです。

ご不快でしょうが、捨てられた女の唯一の嫌がらせと思ってぜひお聞きいれ下さい。

感想

物語は沈んでいく太陽のように段々と傾いてき、そこから受ける印象は正に斜陽のようです。 日はすっかり落ちてしまったようにも思えますが、最後は朝日を思わせるかのような生き生きとした描写でしたね。 上原さんと一夜を過ごして、夜が明けた時が転換点でしょうか。

世の中はすっかり様変わりしたのに旧来の価値観は残り続け、最後まで貴族としてしか生きられなかった母と弟は「過渡期の犠牲者」となりました。 そんな中でかず子が抱いた綺麗に死ぬよりも汚くても生き抜く決意と、革命を闘っていくという思いは朝日のような鮮やかさを感じます。

ちなみに太宰治の生家は太宰治記念館になっているのですが、本作にちなんで「斜陽館」と名付けられました。 この物語の登場人物と太宰の生涯の重なりを考えると、これ以上ないほどにしっくりした名前のように思えます。

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