桜の森の満開の下(坂口安吾)のあらすじ

桜の森の満開の下は1947年に発表された坂口安吾の短編怪奇小説です。 桜の森がある峠の山賊を主人公とした怪談話の体で、桜の美しさと不気味さが表現されています。

桜の花は美しく、満開になると人々が花を見に来て賑わいます。 しかし人っ子一人いない満開の桜の森は、その美しさの内に何か異様なものを感じもします。 本作はそんな桜の美しさと不気味さがよく描かれた話です。

あらすじ

近頃は桜の花の下といえば人間が集まり陽気でにぎやかだと思い込んでいますが、桜の花の下から人間を取り去ると恐ろしい景色になります。 ある母親が人さらいに攫われた子を探して発狂し、満開の桜の下で花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死しんで花びらに埋まったという話もあります。

昔の鈴鹿峠は旅人が桜の森を通らなければならない道になっていました。 花の咲かない頃は良いですが、花の季節になると旅人はみんな桜の花の下で気が変になり、花の咲いていない方へ一目散に逃げていきました。 やがて旅人は桜の下を通らないよう遠まわりするようになり、桜の森は山の静寂へとり残されてしまいました。

それから何年か後に山賊が住むようになりました。 この山賊は残忍な男で何人もの旅人の着物を剥ぎ命を奪いましたが、こんな男でも桜の森の花の下へくるとやっぱり恐ろしくなって気が変になりました。 山賊は花というものは恐ろしいものだなと腹の中で呟やいていました。

一人で桜の森の満開の下に入ると、風が吹いていないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がして、花が散る様は魂が散り命が衰えていくように思えます。 目を瞑って叫んで逃げたくなりますが、目を瞑ると桜の木にぶつかるので、気違いになるのでした。

山賊はなぜこんなことになるのか来年じっくり考えようと思いましたが、そう思っているうちに数年が経ちました。 最初は一人だった女房は七人となり、街道を歩いていた夫婦の亭主を殺して八人目の女房を攫ってきました。 始めは亭主を殺す気はなかったのですが、女が美しすぎたのでふと男を斬りすて、女に嫁になるよう言いつけました。 女はそれを承諾しましたが、しかし今回の女はいつもと勝手が違い、何がかは分からないけど変だと思いました。

女は歩けないからオブっておくれと言い、山賊は軽々と背負って歩きました。 しかしここは危ない場所だから降りてくれと言っても聞き入れず、それどころかとんだ甲斐性なしの女房になってしまったと文句を言ってくる始末です。

ヘトヘトになって我が家に帰ってくると七人の女房が出迎えましたが、女は山女たちを薄気味悪がりました。 そして女は「あの女たちを切り殺して欲しい」と言い出します。

山賊は何も殺さなくてもいいじゃないかと言いましたが、私の亭主を殺したくせに自分の女房は殺せないのか、それで私を女房にする気なのかと言われると呻き声を漏らし、女房たちへと斬りかかりました。 そうして女が女中として使うために残した足の不自由な女一人以外は切り殺してしまいました。

終わると男は血に塗れた刀を投げ捨て尻もちを付くと、ふと静寂に気付きました。 恐ろしさが込み上げて振り向くと女はそこに佇んでおり、目も魂もその美しさに吸い寄せられて動けなくなってしまいました。

けれども男は不安で、なぜ、何が、どう不安なのか分からぬのです。 何かに似ているようなと考えると、桜の森の満開の下を通る時に似ていることに気付きました。

女は大変なわがまま者で「私の都での生活を奪っておいて代わりにくれたのがこんな物なのか」と何かと不服を言いました。 山賊は都のことはよく分かりませんでしたが、今まで気にしたこともなかった櫛や簪や紅や着物が美を成り立たせる魔術であり、それに男が満たされることは納得しました。

やがて春になって女が「都に連れていって欲しい」と言い出すと、男は都へ行くことを決意します。 ただ一つの気掛かりは桜のことだけで、出発を急く女を宥めて三日後の満開を待ち、満開の桜の下で一人じっと座っていてみせると考えていました。

満開の日、男はひそかに出かけて満開の桜の森へと踏み込みます。 すると花の下の冷たさが四方から押し寄せ、体は風に吹き晒されて、男は叫びながら走って逃げました。

それからほどなくして三人は都に住むようになり、男は女の命じるままに強盗を働きました。 女は着物や宝石はもちろんですが、何よりも人の首を求めました。

男の家には何十もの首が集められ、女はそれに酷く執着していました。 首が白骨になってもどこの誰の首か覚えており、人形遊びをするかのように首でごっこ遊びをしていました。

やがて男は都の珍しさに慣れてしまうと、都暮らしに嫌気が差してきました。 人付き合いを煩わしく思っている男にとっての都暮らしは、水に合わず退屈なものでした。 また女がどの首を持って来いとキリがない要求をするのにも、いい加減に嫌になったのです。

女の要求を無視して佇んでいると、家に帰る勇気が無くなりました。 そして数日山中をさ迷っていると、ある朝に満開の桜の花の下で寝ていることに気付きます。 その桜は一本だけだったこともあって恐ろしさはなく、鈴鹿の桜の森に懐かしさを感じた男は山へと帰ることに決めました。

女にそれを伝えると最初はゴネましたが、男がどうしても山へ帰るなら私も帰ると承諾しました。 男は女を都に置いて帰る気でしたが、都の暮らしよりも男を選んだ女を意外に思い、またこの上なく嬉しく感じました。 そうして二人は足の不自由な女を置いて都を後にします。

女を背負いながら帰路につくと、やがて自分の山々が見えてきます。 やがて満開の桜の森へと差し掛かりましたが、この幸福な日に桜がどれほどのものかと恐れはありませんでした。

しかし花の下に入ると辺りはひっそりとして、だんだん冷たくなるようでした。 ふと女の手が冷たくなっているのに気付くとにわかに不安になり、とっさに女が鬼であることが分かりました。

男の背にしがみついているのは全身が紫色で顔の大きな老婆で、口は耳まで裂け、髪は緑色でした。 男は必死で鬼を振り落として首を絞めつけましたが、ふと気づくと女の首を絞めつけているだけでした。

男は我に帰るとそこに鬼の姿はなく、ただ女の死体があるばかりでした。 そこは桜の森のちょうど真ん中辺りでしたが、日ごろの恐れや不安はなく、ひそひそと花びらが散り続けるばかりでした。

彼は女の顔の上の花びらを取ろうとしましたが、そのとき何か変わったことが起こったように思われました。 女の姿は花びらになり、そして彼の手も体も消え、後には花びらと、冷たい虚空が張り詰めるばかりでした。

感想

桜の森に得たいの知れない恐怖を感じていた山賊の物語です。 怪しく美しい攫ってきた女によって話が展開していきますが、この女こそが桜の化身だったのではないかとも思います。

本作は狂気的で恐ろしいものでありますが、しかしどこか美しくもあります。 この物語を読み終えた時の心境は、まるで一人で桜の森の満開の下で茫然と佇んでいるようです。

桜の花は美しいものではありますが、一人桜の森で満開の桜を見ると、美しさの反面どこか得体の知れない恐怖のようなものを感じることもあります。 この小説はそんな桜の美しさと得体のしれない不気味さがよく描かれているように感じました。

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