人でなしの恋(江戸川乱歩)のあらすじ

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人でなしの恋は1926年に発表された江戸川乱歩のホラー小説です。 町の名士・門野に嫁いだ京子は門野の愛がまやかしであることに気付き、土蔵にいる浮気相手を突き止めようと向かうとそこには…

江戸川乱歩と言えば探偵物のイメージが強いですが、本格小説やホラー小説など色々書いています。 本作はそんな乱歩のホラー小説の中でも、リアリティがあって印象的なお話です。

夫の門野

私は街の名士であり美男子の門野に嫁入りしました。 門野は変人で女嫌いという噂もありましたが、物腰は柔らかく私のようなお多福にもとても優しくしてくださいました。

私は門野と一緒に暮らすうち、彼のどこか物憂げで一途な所にますます惚れ込みました。 たった半年の事でしたが、まるで夢のような楽しい時間でした。

門野は誰も真似できないほどに私の事を可愛がってくれました。 とても有難いことでしたが、後になって考えるとこれは私を可愛がろうと努力したに過ぎなかったのです。 なぜ彼がこんな努力をしたのかには、恐ろしい理由がありました。

違和感

私が違和感に気付いたのは結婚から半年ほど経った頃でした。 今思えば、彼は私を可愛がろうと努力することに疲れ、別の魅力に引っ張られたのだと思います。 私は門野が向ける愛に、少しずつ違和感を感じるようになりました。

彼の気が誰か他の人に移ったのではないかと疑いましたが、外出先や手紙などを調べてもハッキリした証拠は出てきません。 ただ結婚してからは行かなくなった土蔵に再び足繁く通うようになり、しかも決まって夜更け頃に行きます。

やがて私は疑心暗鬼から門野の後を付けて土蔵に行きました。 しかし門野は用心深く二階への押戸を締めて開かないようにしていたのです。 いっそここで夫に自分の疑いをぶつけてみようか悩んでいると、二階から門野と女が愛を囁く声が聞こえてきました。

土蔵の外に隠れて女の顔を見てやろうと待ち構えていましたが、門野一人が出て来て戸を閉めてしまいます。 それからも何度か女を見るために夜な夜な門野の後を付けましたが、いつも出てくるのは門野一人です。

土蔵に他の出入り口はなく、門野の立ち去った後に二階を確認してみても女の影も形もありません。 しかし翌晩になれば二階で逢瀬する声が聞こえてきて、私は口惜しさよりも恐ろしさを感じるようになりました。

土蔵

ある晩に外から様子を伺っていると、門野が二階から立ち去る時に何かが閉まり施錠される音を聞き、女は箱の中に潜んでいるのだと気付きました。 生きた人間が食事もせずに箱に閉じこもって生活するのは無理な話ですが、その時の私はそれが事実であるかのように感じたのです。

ふと私の頭に「女の声は門野の声色ではないか」という思いがよぎりました。 しかしこれは私がそう思いたいだけの都合の良い妄想なのだと切り捨てます。

やがて私は門野のいない昼間に土蔵の二階を確かめに行くと、そこには一際大きな白い箱がありました。 蓋を開けると中には今にも動き出しそうな精巧な人形が収められており、それを見た私は全てを理解しました。

人形を愛した夫

門野は特殊な性癖を持っていて、人形を愛してしまったのです。 女の声が門野の声色のように思えたのも、声色で人形の言葉を話していたからです。

門野が私を娶ったのも、私を愛するように努力したのも、人形を愛するのは間違ったことだと門野自身が分かっていた故でしょう。 私は恋敵が人形だった事を知ると、もう門野が愛せないようにと滅茶苦茶に引きちぎって叩き潰しました。

その夜、何も知らない門野はいつも通り土蔵へと行き、私はそれを見送ってこれからどうなるかを布団の中で想像していました。 しかしどれほど待っても門野は帰ってきません。

胸騒ぎがした私は急ぎ土蔵へとたどり着くと、そこには二つのむくろが折り重なっており一面は血の海でした。 人間と人形の情死は何とも厳粛なものに見え、私は茫然と立ち尽くすしかありませんでした。

人形は自分で血を吐いたかのように口から血の雫が流れ、断末魔の不気味な笑いをしているように見えました。

感想

人形を愛してしまった男の話でした。ジャンルは一応ホラーになると思うのですが、もしかして恋愛ものなんでしょうか?

妻から見れば人形は憎い恋敵であると同時にただの無機物です。 無茶苦茶にしてもさほど後ろめたさはなかったようですが、しかし門野の想いはそうではなかったようです。

門野自身も自分の性癖に後ろめたさを感じていたようですが、努力しても治すことはできず破れた人形と共に死ぬという最悪の結末になってしまいました。 誰が悪い、という話ではないと思うのですが、全員が傷つく結果になってしまった悲しい話ですね。

この人形はただ精巧に作られているというだけで、喋ったり動いたり霊的な何かがあったりはしません。 それ故にこの話には現実味のある恐怖を感じさせられます。

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