遠野物語(柳田国男)-傑作選

The legends of Tono

遠野物語は1910年に発表された柳田国男が岩手県遠野地方の民間伝承をまとめた全112話の小話集です。 遠野の人々はこのような話を子どもが夜寝る前に聞かせたり、冬籠りの際に暇つぶしに話したりしていたそうですね。

各話は短くあらすじにするまでもないので、いくつか選んだ話をまとめて傑作選のような形で紹介させて頂きたいと思います。

あらすじ

神の始

遠野の町は南北の川の合流する所にあり、市には70里四方から商人1000人馬1000頭が集まる賑わいを見せていました。 その周囲には早池峰山、六角牛山、石上山があり、これら三山にまつわる神話があります。

その昔に女神が三人の娘を連れてやってきて「今夜良い夢を見た娘に良い山を与えよう」と言いました。 その夜、寝ている長女の胸に清らかな霊が降りてきましたが、これを見た三女がこっそり自分の胸に乗せ変えました。

その結果良い夢を見れた三女は最も美しい早池峰山を手に入れ、姉たちは六角牛山と石上山を得ました。 この女神たちは今でもこの山に住んでおり、遠野の女たちは妬みを恐れてこの山には入らないそうです。

オクイナサマとオシラサマ

遠野の集落には必ず大同と呼ばれる旧家が1軒は存在し、そこではオクナイサマという神を祀っています。オクナイサマは桑の木を削って顔を描き、真ん中に穴を開けた四角い布を被せて衣装とします。正月の15日には集落の人々が集まってオクイナサマを祀ります。

大同には必ず畳一畳の部屋があり、その部屋で夜寝ると不思議なことが起きます。枕がひっくり返される、誰かに抱き起される、部屋から突き出されるなど、静かに眠ることはできません。

オクイナサマを祀る家には良い事が起きます。 どこからともなく表れた小僧が田植えを手伝ってくれ、お礼にご飯に誘っても姿が見えず、家に帰るとオクイナサマの神棚に続く足跡があり、オクイナサマの神像の腰から下が泥にまみれていたという言い伝えがあります。

オシラサマという神もあって、オクイナサマと同じように造って正月の15日に祀り、その際には神像の顔を白粉で塗ることもあります。 オクイナサマのみを祀る家もありますが、オシラサマを祀る家には必ずオクイナサマが伴って祀られています。

オシラサマの神体は、男と女、馬と娘、馬と男など2体1対で祀られることが多いです。 遠野に伝わる伝承によると、百姓の娘が飼っていた馬を愛して夫婦となり、それを知った父親が馬を桑の木に吊るして殺してしまいました。 それを知った娘は馬の側で泣いていましたが、怒った父親は馬の首を斧で切り落としてしまいます。すると娘はその首に乗り天へと昇っていき、それがオシラサマとなったと言われています。

ザシキワラシ

旧家にはザシキワラシという神が住むことがあり、ザシキワラシがいる家はお金持ちになると言われています。この神は多くは12歳ほどの子ども姿をしており、人に姿を見せることもあります。

高校の休暇で帰って来た娘が廊下で男の子の姿をしたザシキワラシに会った、誰もいないはずの隣の部屋から音がして戸を開いても誰もいなかったがしばらくすると鼻を鳴らす音が聞こえてきたなどの話があります。

ザシキワラシは女の子の姿をしていることもあります。 山口家にはザシキワラシがいると伝えられていましたが、ある日村の男が町から帰る途中、見知らぬ二人のかわいい娘に出会いました。 二人は山口家から来てこれからどこそこの村の家に行くと言います。

これを見た男はザシキワラシのいなくなった山口家は長くないだろうなと思います。 それからほどなくして山口家の二十数人はキノコの毒に当たり、幼い女の子一人を残して死んでしまいました。

神隠し

黄昏に家の外に出ている女性や子どもはよく神隠しに逢います。

ある日若い娘が草履を残したまま行方が分からなくなり、30年後に親戚が集まっている所へ酷く老いた女が帰ってきました。女は皆に会いたかったら帰ってきたと言い、それではまた行くと言うと跡形なく消えてしまいました。

その日は激しい風が吹いていたため、遠野の人は風の強い日には「今日はサムトの婆が帰ってきそうな日だ」と言います。

池端の石臼

池端という家の男が町に行った帰りに、若い女と出会い手紙を届けてくれないかと頼まれます。 物見山の中腹にある沼で手を叩けば宛名の人が出てくると言われ、男は引き受けはしましたが妙な頼みが気になって悩んでいました。

道中で僧侶と出会ったので事情を説明すると、この手紙をそのまま渡せば大きな災いになるから書き換えたものを渡すよう言われ、僧侶から別の手紙を渡されました。

男が沼へと行って手を叩くと若い女が現れ、僧侶から貰った手紙を渡しました。 するとそのお礼として小さな石臼を貰いました。

この石臼は米を一粒入れて回せば黄金が出る不思議なもので、男の家は裕福になりました。 しかし欲深い妻が沢山の米を入れた所、石臼は勝手に回り出して水たまりへと滑り込んで沈んでいきました。 その水たまりは後に小さな池となって今も家の傍らにあり、その家の池端という名はそれに由来しています。

色々な鳥

オット鳥

遠野の山には様々な鳥が住んでいますが、もの寂しい声で鳴くのはオット鳥です。 夏の夜に鳴き、荷運びが峠を越える時などに谷底から「オットーン、オットーン」と鳴き声が聞こえてくるそうです。

オット鳥は娘と男が山へ入った時に男がいなくなり、夜になっても見つけることができずに娘が鳥になってしまったものと言われています。 「オットーン」とは夫のことであり、その鳴き声の終わりはかすれるようで哀愁を感じさせます。

馬追鳥

馬追鳥はホトトギスを少し大きくしたような「アーホー、アーホー」と鳴く鳥です。 これは長者の奉公人が山へ馬を放して帰ろうとした時に一頭足りないことに気付き、夜通し探しても見つからずに遂にこの鳥になってしまったと言われています。

この地方では馬を追う時に「アーホー、アーホー」と言うことに因んでいます。 馬追鳥は普段は山深い場所にいますが、年によっては里に出てくることがあり、それは飢饉の前兆とされています。

カッコウとホトトギス

カッコウとホトトギスは昔は人間の姉妹でした。

姉はある時芋を掘って焼き、自分は周りの固い部分を食べて中の柔らかい所を妹に与えました。 しかし妹は「姉がおいしい部分を独り占めしている」と考え、姉を包丁で刺し殺してしまいます。

すると姉はカッコウとなり、「ガンコ、ガンコ」と鳴いて飛び去りました。 ガンコとは固いという意味の方言です。

妹は姉が食べていたのは芋の固い部分だったことを知り、自責の念から「庖丁かけた」と鳴くホトトギスになってしまいました。 遠野ではホトトギスのことを包丁かけと呼びます。

河童

川岸の砂上に河童の足跡が残されているのは珍しくなく、雨の翌日には特に多いです。 親指は離れて人間の手の跡に似ていて、長さは三寸にもなりません。 川には河童がたくさん住んでおり、中でも猿ヶ石川は特に多いです。

松崎村の川端には二代続けて河童の子を身ごもった家があります。 生まれた子の姿は醜悪で、切り刻んで一升瓶に入れて土中に埋められました。

家の者が畑から帰ると水際にうずくまって笑っている河童がおり、それが何日も続きました。 そのうち河童が女の所へ夜な夜な通っているという噂が立ち、最初は婿が留守の時を狙っていたようですが、やがては婿と寝た夜にまで来るようになりました。

一家の者が集まって娘を守ろうとしましたが、河童が来ると人々は身動きができずどうしようもありませんでした。 やがて河童の子が生まれましたが、お産は極めて難産であり、産まれた子の手には水かきが付いていました。この家の母親もまた河童の子を産んだことがあり、二代三代の因縁ではないという者もあります。

上郷村にも河童らしき子を産んだものがいます。 全身が真っ赤で口が大きく実に醜い子でした。忌まわしいので捨てようと思い離れた場所に捨てましたが、去ろうとした時に見世物として売れば金になるだろうと思い引き返すも、既に子の姿はどこにも見当たらなかったそうです。

他の地域では河童の顔は青いとされていますが、遠野の河童の顔色は赤いです。 お婆さんが若かった頃に、庭で真っ赤な顔の河童を見たと言っています。

マヨヒガ

三浦は村一番の金持ちですが、二~三代前の主人の時は貧しく、その妻は少々愚鈍でした。

妻が山へフキを取りに行ったとき、あまり良い物がないので谷の奥深くへと入っていきました。 そしてふと気づくと立派な黒い門の家があり、怪しさを感じながらも入ってみると一面に紅白の花が咲き沢山の家畜がいました。

しかし人の姿はさっぱりありません。玄関から入って沢山の膳椀や湯が沸いた鉄瓶を見つけても人影はなく、もしかしたら山男の家ではないかと思い急に恐ろしくなって走って家へ帰りました。 この出来事を人に話しても信じるものはいませんでした。

後日妻が洗い物をしている時に川上から赤い美しい椀が流れてきたのを見て拾いましたが、食器に使うと汚いと怒られると思ったので雑穀用の器として使うことにしました。 この器を使い始めてからというものいつまで経っても雑穀は無くならず、貧乏だった三浦家は裕福になりました。

遠野では山中にある不思議な家をマヨイガと言います。 マヨイガは訪れた者に富を授けるために現れるので、そこに行きついた者は物でも家畜でも良いので何か持ち帰るようにと伝わっています。 この妻は無欲で何も持ち帰らなかったので、家まで椀が流れてきたのだろうと言われています。

他にも金沢村から栃内村へ婿に行った男が実家に帰る途中に山道で迷い、マヨイガに行き当たった話があります。 マヨイガに入ったものの段々恐ろしくなった男は引き返し、山崎でそのことを話すと「それはマヨイガだから行って何か持ち帰って金持ちになろう」と男を道案内に大勢でマヨイガへ行くことになりました。 しかし門のあった場所に再び来ても何もなく、人々はむなしく帰り男が金持ちになったという話も聞きません。

魂の行方

ある日の夜、猟師の男が家に帰る途中、小川の側で妻に出くわしました。 こんな夜中に一人でこんな場所に来るはずがないので化物に違いないと思い、持っていた魚切包丁で背後から刺し殺すと悲しい声をあげて息絶えました。

しかしいつまでたっても正体を現さないので動揺し、家にいるであろう妻を確認するため仲間にその場を任せて家へと走りました。 すると中には男の帰りを待っていた妻が恐ろしい夢を見たと言います。 夢の中で帰りの遅い男を迎えに行ったら山道で何物かに脅され、殺されると思った所で目が覚めたというのです。

この話を聞いた男はさてはと納得して元いた場所へ引き返すと、小川で殺した女はキツネの姿へと変わっていました。 どうやら夢の野山を歩くと、狐の身を纏うことがあるようです。

旅人が豊間根村を過ぎた辺りで夜が更け疲れたので、知り合いの家に灯が見えるのを幸いに入って休息することにしました。 すると主人は「丁度良い所に来た、中には死人がいるのに留守番が居なくて困っていた所だ。しばらく留守を頼む」と人を呼びに出ていってしまいました。

旅人は迷惑な話だが仕方がないと囲炉裏の側でタバコを吸っていると、奥に寝かせてあった老婆の死骸がむくむくと起き上がりました。 旅人は驚きましたが、落ち着いて辺りを見回すと台所の水口から狐が顔を入れて老婆を見つめているのに気付きました。

旅人はやはりと得心すると静かに裏口の方に回り、そこにいた狐を棒で打ち殺しました。

デンデラノ

山口、飯豊、附馬牛の字荒川、東禅寺火渡、青笹の字中沢、土淵村の字土淵にはダンノハナという地名があり、傍らにはデンデラノという場所があります。 昔は60歳を過ぎた老人をデンデラノへと追いやる習わしがありました。

デンデラノへと行った老人もすぐ死ぬ訳ではないので、日中は里に下りて農業を行って生活していました。 そのことに由来して山口や土淵の辺りでは朝に田畑へ働きに行くことをハカダチ、夕方に帰って行くことをハカアガリと呼ぶことがあります。

感想

遠野物語は柳田国夫の友人・佐々木喜善が語った遠野地方の伝承をまとめたものです。 伝承に余計な脚色をせずにほとんどそのままを書いたもので、当時の人々を知る上で貴重な資料になっています。

ただの与太話も多いですが、改めて読んでみると妙に生々しく感じる話も多いですね。 河童や山男の話にはちょっと笑えない闇があるように見えますし、デンデラノは姥捨て山ですし、マヨイガの話なんてただの泥棒じゃないかって感じです。 迷って知らない家を見つけたら何か物を盗ってこいってそりゃないですよね。

こういった妙に生々しさを感じる話が民俗学的に評価されているのでしょうね。 その反面、話の面白さだけを求めて本書を読んでもやや微妙に感じるような気もします。 各話は短く淡々としたものですし、ヤマもオチもない話も多いです。

本作は人によって評価が分かれる作品と言えます。 単純に面白い文学作品が読みたいって人にはあまりお勧めできませんが、民俗学、歴史、民間伝承などに興味がある人には涎垂ものでしょう。

本稿で紹介したのは遠野物語のごく一部でしかなく、他にも色々面白い話が載っています。 こういった話に興味のある方はぜひ一度読んでみてください。

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