学問のすすめ(福沢諭吉)のあらすじ

An Encouragement of Learning

学問のすすめは1872~1876年に発表された福沢諭吉の啓発書です。 学問とは何か、学問することでどうなるか、だから学問をしなさいという題名の通り学問のすすめが記してあります。

冒頭の「天は人の上に人を作らず」で有名な本作品ですが、実は内容にはあまり関係がありません。 しかしとても良いことが書いてあるので、中学生ぐらいになったら一度は読んで欲しい一冊です。もちろん大人の方にもおすすめします。

あらすじ

初編|学問のすすめ

人は生まれながらに平等であるとは言われていますが、現実には貧富の差や身分の差があります。 この差は物事を学んだかどうかによってできるのです。

学問はただ難しい本を読めば良いというものではありません。読書は学問の手段であり学問は実践の方法です。 まずは読み書きそろばんなど日常に役立つ実学から始め、実地に臨み経験を積みましょう。 それによって物事の道理を理解し、一人前として独立できるようになります。

第二編|人は平等

人の在り様には差がありますが、生まれながらに持った権利は等しく平等です。 人類はみんな家族も同然なので、互いを尊重して仲良くしなければなりません。

政府と国民もまた権利が違う訳ではありません。 政府は悪人から善人を保護して国を保ち、国民は金や米を政府に納めるという義務を互いに果たしているだけです。 国民が道理を知れば政府も寛大になれるので、学問に励んで太平を護りましょう

第三編|国民が独立すれば国も独立する

人が平等であるように国もまた平等であり、強国が弱国を虐げることは道理に反することです。 もし他国が日本の権利を侵しに来るような事があれば立ち向かわなければなりません。 そのためにもまず国民が一身独立し、そして一国独立しなければならないのです。

日本人は独立の気概が薄く他人に媚び諂う国民性を持っています。 これは封建社会には都合の良いものでしたが、今となっては国益を損なうものであり恥なのです。 長いものに巻かれるのではなく、一人一人が独立の気概を持たなければなりません。

第四編|学者の職分とは

政府と国民は互いに職務を果たして日本の独立を維持しなければなりません。 しかし政府は暴力で国民を脅し、国民は面従腹背する風潮があります。 そんな風潮により国民は自ら事業を起こそうとはしませんが、政府に頼るだけでは国は発展しません。

この現状を何とかするのが学者の役目であり、国民の見本とならなくてはなりません。 私も学者としてこの先駆けとなり、文明は国民が起こすものだという事を示そうと思います。 そして国民一人一人が独立することによって、国もまた独立を維持できるようになるでしょう。

第五編|明治七年一月一日の詞

日本が今まで独立の形を保てていたのは外国と接していなかっただけです。 日本は外国と比較して明確に遅れており、現状は諸外国と同等に付き合うことは難しいです。

政府は建物を建てて軍を編成して国としての体面を整えましたが、国民に独立の気風はなく政府に任せきりになっています。 国民が文明を起こし独立してこそ国力は増大して諸外国と対等に付き合えるようになるのです。

第六編|法は大切なもの

政府は国民の代表であり、法はその代表が定めた決まり事です。 政府が定めた法は国民が定めたも同じで、だから国民は政府の法に従わなければなりません。

法は尊いものであり、法を破ってはいけません。 もし法に不満があるのであれば、その法を変えるべく国に訴えるべきです。

第七編|国民の職分は何か

国民は国の客であると同時に主人でもあり、全ての国民は政治に参加しています。 たとえ直接政府で働いてはいなくても、自分の代表を自分で選んだのだから同じことです。だから全ての国民は自分で決めた法を守らなくてはなりません。

気に入らない法は守らないなんて言っていると政治は1日も持ちません。 法が不正不便であっても、不正不便であることを理由に破ってはいけないのです。 もし不正不便があるなら政府に説明して法を改める努力をし、それで駄目なら我慢して時期を待たなければなりません。

ただしもし政府が暴政を働いたなら、それを見過ごすと子々孫々に禍根を残すことになります。命をかけて理を唱え、政府に暴政を改めるよう迫らなければなりません。

第八編|他人の自由を制限しないこと

人は他人の権利を侵害しない限りは自由に行動できます。 だから自分の分限を弁えることが肝要です。

夫婦や親子が上下関係を強いることがありますがこれはおかしなことです。 子が親に孝行するのは当然ですが、これは自然な心で行うべきことで、親の身分が上だからすることではないのです。

第九編・第十編|学問の趣旨

衣食住の安定を求めるのは自立した個人として当然ですが、それだけではアリと変わりません。 人間は社会の一員として社会の発展に尽くし、先祖から受け継いだものをより発展させて後世に伝える責務があります。

今の日本は西洋に後れを取っており、外国から講師を招いて教えを乞うています。我が国が未熟であるために仕方ないことではありますが、これは日本の財産を外国に棄てる行為であり、国は惜しむべきであり学者は恥じるべきです。

学業半ばで生計のために仕事に就くのは仕方のないことですが、これは目先の生活に囚われてしまうことになり本人にとっても国にとっても惜しむべきことです。学問の道に入ったのなら大いに学問をして、ゆくゆくは大成して欲しいものです。

第十一編|身分は偽の君子を生む

世の中で身分制を主張する人は親子の関係をそのまま人間関係に取り入れようとします。しかし現実の人付き合いは大人同士の関係なのでそれがうまくいくはずがありません。

大名に忠誠を誓っていた家来たちは、君主の買物の際に慣習的に上前をはねていました。 こんな上下関係では金箔付きの偽君主です。

職務と身分や地位は全く別のもので、身分の差に意味はありません。 重要なのは各々が職務の責任を果たすことです。

十二編

演説してみましょう

学問の本質は読書ではなく精神の働きにあります。 本を読み、物を書き、人と話すことによって、始めて学問を勉強できるのです。

読み書きは一人でもできる内向きの学問であり、議論や演説は誰かと一緒でなければできない外向きの学問です。今の学者は内向きの学問にばかりに注力し、外向きの学問を疎かにしています。

どちらも重要なことなので、もっと議論や演説をしましょう。

人の品行は高尚でなければならない

学問の本質は学んだことをどう活用するかです。 色々な事を知っているだけではだめで、崇高なことを言えば高潔になる訳でもありません。

見識を高くして行動に反映できるよう、自己満足せずに研鑽を重ねましょう。

十三編|怨恨は人間関係に害となる

不徳と言われる感情は色々ありますが、よくよく吟味してみると必ずしも悪い方向に働くとは限りません。 例えばケチや贅沢は不徳と言われますが、どちらも人間の自然な欲求ですし理を弁えていれば責める理由にはなりません。

しかし怨恨は純粋に悪い感情であり、人間関係において害となります。 怨みは自由を侵害されることにより生まれる感情なので、政府も国民も個人の言論や行動の自由を侵してはいけません。

第十四編

物事は定期的に棚卸しよう

何か計画を立てて実行する時、十分だと思っていた時間が足りないことがあります。 かかる労力と期間の見積もりをきちんとしなければ計画は夢想に終わるだけです。

計画の期間と目標だけ設定して進めるのではなく、途中途中で経過を振り返って棚卸ししましょう。 計画には見込み違いもあるでしょうが、その時には間違いを認めて正しい方向に軌道修正することが肝要です。

世話の意味

世話には保護と命令の2つの意味があります。 保護は金や物を与えて面倒を見ること、命令はその人の役に立つことを指示することです。

どちらも目的は同じですがこれらは揃って一つの世話になると言え、どちらにバランスが崩れても「大きなお世話」になります。 両方を適切に与えられないのであれば、それは世話ではないし人の為にもなりません。

この「世話」は経済論において重要なものであり、損得のバランスに注意しなければなりません。 ただ経済論と道徳は分けて考えるべきであり、人間の全てを机上の計算で決めるべきでもまたありません。

第十五編|物を疑って取捨選択しよう

西洋人は色々な事を疑って進歩してきました。だから疑うことはとても大事です。

日本は西洋諸国に倣って色々な物や考えを取り入れました。 しかしこれは西洋人のように物を疑って得たものではありません。 今の日本は西洋文化を妄信してその欠点までをも真似しようとしています。

何でも疑わずに取り入れるぐらいなら取り入れない方がマシです。 信じるべきものを信じて疑わしいものは疑うという、正しい取捨選択が重要なのです。

第十六編

精神的に独立しよう

独立には自分で生計を立てる物理的な独立と、自分の心を律する精神的な独立があります。 そして世の中には精神的な独立ができていない人が多いです。

精神的に独立できていないと、周りに流されるままに欲望を発散して財産はなくなります。 お金に使われるのではなくお金を使う事を心がけ、精神的に独立しましょう。

精神と行動を釣り合わせよう

人は高尚な精神を持って活動をするべきで、精神と活動のどちらが欠けても立派な人間にはなり得ません。 理想を語るばかりでは不満屋になってしまいますし、考えなしに活動するばかりでは役に立ちません。

ただ世の中には碌に活動せずに理想ばかりが高い人が多いです。 そのような人は自分や世の中を憂いてばかりですが、それならもう少し活動してみましょう。 そうすればいずれは自分の理想に追いつくことがあるかもしれません。

第十七編|人望論

社会活動をする上で人望は重要であり、人望がなければ何もできません。 人望を得るには社会へ参加して多くの人々と交流し、他人を知り他人に知ってもらわなければなりません。

人と話をする時は身なりを整えて愛想良く快活になりましょう。知性と正直な心があれば、自然と人望は得られるものです。

世間に知り合いが多いことは損にはなりません。 道が違う人とも積極的に交流し、人を毛嫌いすることがないようにしましょう。

感想

「天は人の上に人を造らず」で有名な学問のすすめですが、冒頭は知っていてもそれ以降を読み進めた人は意外に少ないのではないでしょうか。 冒頭文だけしか知らないと福沢諭吉がこのセリフを言ったと思うかもしれませんが、世間ではこう言われているって書いただけなんですね。 諭吉自身は生まれ持った権利は同じだが学問したかで在り様は変わると言っているので、どちらかと実力主義者でしょうか。

江戸以前の日本は封建国家であり庶民に学問など縁のない話でしたが、明治となり民主主義国家になれば国民一人一人が主権者になればそれではいけません。 しかし世の中の人々が急に変われるはずもないので、本著はそんな日本国民に対して学問の重要さを説き推奨した本です。 元々は福沢諭吉が友人のために書いたものでしたが、世に広めるべきだと考えられて発刊されました。

今日の基準で見るとちょっと学問に信頼を置きすぎてるというか、そこまで万能なものじゃないだろって気はしますが、この辺は時代柄でしょうか。 まあ激動の明治日本の国民に学問の重要性を広く説くという点ではこのぐらいの書き方で良いのかもしれません。

学問のすすめの売れ行きは大変なもので、人口3000万人の時代に300万部売れたそうです。 明治の人々は学問をこのように捉えて学問に励んだのですね。

本書の内容が今の世の中にそのまま通じるとは言いませんが、それでも学ぶべきことは沢山ありますし、当時を知るという意味でも面白い本です。 興味のある編だけでも読んで頂きたい名著です。

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