ガリバー旅行記(ジョナサン・スウィフト)のあらすじ

ガリバー旅行記は1726年に発表されたジョナサン・スウィフトの長編冒険小説です。 ガリバーが航海の途中で遭難して不思議な国に流れ着くという創作旅行記です。

小人の国や巨人の国に行った話は有名だと思いますが、他にも空飛ぶ島ラピュタや日本にまでも行っています。 そんな不思議で文化がまるで違う国に辿り着いたガリバーの異文化交流が本作の見どころです。

リリパット渡航記

私はイギリスに少々の土地を持つ家で五人兄弟の三男として生まれます。 将来は航海に出たいと思っていたので、医学を勉強する傍らで航海術や天文学なども学びました。

卒業後は船医として3年半勤めた後、ロンドンで開業医となり結婚もしました。 しかし経営が上手くいかなかったので再び船医として勤め始め、色々な航海をして9年が経ちました。

リリパットへの漂着

インドへの航海中、嵐に逢って船はオーストラリアの北西に流されてしまいます。 船が転覆して海に投げ出されたので、陸地に向かって必死に泳ぎました。

私は何とか陸地へたどり着きましたが、他の船員は恐らく死んでしまったことでしょう。 疲労で地面に倒れてぐっすりと眠り、しばらくして目を覚ましましたが起きようとしても体が動きません。

私の体は幾重もの細い紐で縛られており、私の周りには15cmほどの小人たちがゾロゾロと集まっていました。 なんとここは人も小さければ物も獣も小さい小人の国だったのです。

力任せに紐を引きちぎろうとすると小人たちが矢を放ったり槍で突いたりしてくるので、この場はじっとして夜を待って逃げることにしました。 大人しくしていると偉そうな小人が演説を始め、言葉の意味は分かりませんでしたが紐を切ってくれます。

私が空腹であることを身振りで伝えると、小さい食事や酒でもてなしてくれました。 感謝して小人を観察すると、どうやら私を国へと連行しようとしているようでした。

食事に入っていた睡眠薬で私は眠りに落ち、その隙に小人たちは数百人がかりで私を車台に乗せました。 そして千頭以上の小さな馬に引かれながら、小人たちの国・リリパットへと連れていかれるのでした。

リリパットでの暮らし

私はリリパットの最も大きな建物である古い神殿に連行され、そこに住まうことになりました。 国中の人々が大挙して押し寄せるほどの興味の的となり、皇帝が命令して抑えなければならないほどでした。

役人たちは私の処遇に困っていたようで、どのように扱うべきか度々会議をしていました。 しかし私が友好的に接しようと務める姿を認めた皇帝は歓待してくれて、小人1728人分もの食料や衣服も用意してくれました。

私がこの国に来て9か月が経った頃、大臣が「リリパットと長年争っているブレフスキュが大艦隊で攻めてくるので何とかして貰して欲しい」と持ち掛けてきます。 リリパットに恩義を感じていた私は「喜んで侵略者と戦いましょう」と承諾しました。

私は港に待機していたブレフスキュの艦隊に忍び寄り、50隻すべてに鍵縄を付けてリリパットまで牽引しました。 おかげでリリパット国に非常に有利な条件で戦争は終結したのでした。

暗雲

皇帝はブレフスキュを隷属させようとしましたが、私はそのような残酷な行為は思いとどまるように忠告します。 しかし皇帝の御意に逆らったことで私の立場は悪くなり、重臣の中に私を悪く言う者もいました。

またある日の深夜に宮殿が火事に見舞われて中々火が消えず、私は仕方なくおしっこで消火しました。 表向きは許されましたが、この事件は一部から大変な不興を買ってしまいました。

更に財務大臣が「私にかかる費用のせいで財政がひっ迫している」と皇帝に吹き込みました。 これは大臣の妻が私に熱をあげていることへの嫉妬心によるデタラメでしたが、これを信じた皇帝との関係は急速に冷え込んでしまうのでした。

リリパットからの脱出

ブレフスキュへの訪問を間近に控えた夜、以前親切にした宮廷の高官がお忍びで家へとやってきて「私のことを良く思っていない重臣たちが、結託して私を処刑しようとしている」と教えてくれました。 身の危険を感じた私は予定を早めてブレフスキュへと逃れることにします。

ブレフスキュを探索していると沖合で転覆していたボートを見つけたので、これを修繕してイギリスに帰ることにします。 ブレフスキュの協力の元、ボートの修理作業が始まりました。

帰国しない私を不審に思ったリリパットはブレフスキュに使者を送り私を処刑するよう言ってきました。 しかし「そんな危険な真似をしなくても巨人は祖国へ帰るつもりのようだ」と聞くと引き下がったようです。

ひと月ほどで修繕は完了し、世話になったブレフスキュに挨拶すると、イギリスへと出航しました。 翌日に運よく遭遇したイギリス船に収容され、私は無事イギリスへと帰ってきたのでした。

それから2か月ほどイギリスで過ごしましたが、私の心は飽くなき好奇心で満たされ始めます。 やがて妻と子供に涙ながらの別れを告げて、次の航海へと出発するのでした。

ブロブディンナグ渡航記

ブロブディンナグへの漂着

私はインド行きの船に乗り込みましたが、マダガスカルの辺りで暴風雨に逢いました。 恐ろしい嵐で船は2500kmほど東に流され、やがて我々は自分たちの位置を見失ってしまいます。

幸い嵐は収まり、しばらく航海すると陸地が見つかりました。 何か面白いものがないかと、補給のため上陸する船員たちに付いていくことにしました。

しばらく一人で探索していると、遠目に船員たちがボートで本船に帰っていく様子が見えました。 あわてて大声で呼び止めようとした時、何か巨大な生物がボートを追いかけているのが見え、驚いた私はその場から逃げ出します。

やがて巨大な畑に迷いこみ、刈り取り作業をしている巨人に捕まってしまいました。 ここは人が大きければ獣も物も大きい巨人の国だったのです。

ブロブディンナグでの暮らし

巨人に丁重に扱われたので、身振り手振りでコミュニケーションをとってみることにしましたがやはり言葉は通じないようです。 私は巨人農家一家の9歳の娘に可愛がられて世話をされ、言葉もその娘から教わりました。

数日もすると巨人一家が奇妙な動物を捕まえたという噂が広がり、主人はやがて私を見世物にして巡業するようになりました。 見世物にされるのは不快でしたが、興行は人気を博して街々を巡りました。 そして首都にて王様の目に留まると私は売られ、娘はその世話役として宮仕えすることになりました。

私は特に王妃に気に入られ、住まいとして木箱を与えられたり王妃の横で食事をさせて貰ったりと非常に良い待遇を受けます。 王様にも気に入られ、度々私と学問や歴史について話をすることもありました。

私は人々にとても良くしてもらい幸せに過ごしていましたが、その小ささ故に不便はありました。 いたずら小僧にクリーム鉢の中に放り投げられて溺れかけたり、急に降って来た巨大な雹に打たれて全身傷だらけになったり、巨大な虫や獣に襲われた事も一度や二度ではありません。 私は日に一度は散々な目にあい、それは王宮の笑いの種となっていました。

国に残してきた家族に会いたい、踏み潰される心配のない対等な人の中に戻りたい… いつかここから脱出して自由になりたいと考えていましたが、現実的な計画の見通しは立ちませんでした。

ブロブディンナグからの脱出

この国に来て2年が経った頃、私は海が見たいと言って小屋を海まで運んでもらい、その中で眠っていました。

やがて激しく引っ掻くような音で目が覚めると、空高く持ち上げられる感覚がして上からは鳥の羽ばたく音が聞こえます。 どうやらワシか何かに小屋を掴まれて上空に運ばれてしまったようでした。

やがて小屋は海へと落とされましたが幸いにも浸水せず、海に浮かんで漂流していました。 私は死を覚悟しましたが、幸運にも親切なイギリス船に拾われてイギリスへと帰還します。

イギリスに帰った私には道行くもの全てが小さく見え、再びリリパット国に来たような気分になりました。 妻には二度と航海に出ないで欲しいと言われましたが、我が運命には逆らえないのでした。

ラピュタ・バルニバービ渡航記

私がイギリスへ戻ってきて10日ほどすると、知り合いの船長から「船医として船に乗って欲しい」と言われました。 あれだけ散々な目に逢ったのに、私は懲りずに旅に出るのでした。

アジアの東端にある日本の東京へ辿り着くと、商売のため数か月間留まることになります。 船長は暇になる船員たちを買い付けた船に乗せ、私を代表にして「しばらく自由に商売してくれ」と言うのでした。

しかし出港して三日もたたないうちに暴風雨に逢い、流された挙句に海賊船に襲われました。 船員は海賊船へと乗せられ、私は小さなカヌーで追放されてしまうのでした。

何とか近くの無人島にまでたどり着き、島を探索していると遠くの空からなにやら巨大な島が近づいてくるのが見えました。 そして少し離れた場所に降りると、人々が降りて釣りをしたり遊んだりしているではありませんか。

やがて島の人々は遠目に私を確認し、何やら相談しているのが見えました。 必死で助けを懇願すると島が近づいてきて、空飛ぶ島「ラピュタ」へと収容して貰えたのでした。

ラピュタでの暮らし

ラピュタ人は頭が傾き、片目は内側・片目は上を向き、服には天体と楽器の模様が縫われていました。彼らは考え事に熱中するあまり、誰かに叩いてもらわないとまともに会話もできません。だからお金持ちは専用の叩き役を雇うほどです。

私の案内役も途中で熟考を始め、叩かれて我に返ることが何度もありました。やがて王宮へと案内され王様に何か言われましたが、言葉が通じないため言語教師に教えて貰えることになります。私は数日で彼らの言葉を何となく理解できるようになりました。

彼らは数学と音楽の理解は深いですが、それ以外のことはさっぱりです。 「太陽は補給されないからやがて消滅して我々も破滅する」みたいな不安をたくさん抱え、人生を楽しむ余裕がないようです。

数学者と似た傾向があるので、何か通じるものがあるのかもしれません。 ひと月ほどで語学を覚えた私に国王が質問することも、もっぱら数学のことだけでした。

この空飛ぶ島「ラピュタ」は完全な円形をしていて、40㎢ほどの面積と180mほどの厚さがあります。ラピュタの下には下界領土であるバルニバービがあり、ラピュタ中心部の磁石によってバルニバービの範囲内の上空6kmまでを自由に移動できます。

ラピュタ人は数学と音楽にしか興味がなく、この分野で敵わない私は人々に軽蔑されがちで、私もまたラピュタ人のことを不愉快に感じていました。 一通り見物が終わってラピュタに嫌気がさした私は、下界領土バルニバービへと旅立つことにします。

バルニバービでの暮らし

バルニバービは元々は豊かな国でしたが、ラピュタに搾取て荒れ果てて活気がなくなりました。度々反乱も起きていますが、そんな時にはラピュタを真上に移動させて太陽や雨を遮って農作物をダメにしたり、上空から投石して鎮圧しているそうです。

バルニバービにはラピュタの文化に影響されて、昔ながらのやり方を否定し最新の科学を広めようとするものたちがいます。街々の大学では壮大な計画が沢山研究されていますが、問題はそれらが実用的でなく何ひとつ実現されていないことです。

十人分の仕事を一人でできる、宮殿を一週間で建てられる、収穫高が100倍になるなど、素晴らしい計画は全て失敗して逆に国を荒廃させる結果になったそうです。

私は大学を一通り見学しましたが、研究員のほとんどが空想家に見え、実験もあまり上手くいっていないようでした。この国で見るべきものがなった私はイギリスへ帰りたくなり、ラグナグ国と日本を経由してイギリスに帰ることに決めました。

しかしラグナグへの定期便が出るまでひと月ほど時間があったので、港で会った二人の紳士と共に小島グラブダブドリッブへ行ってみることにします。

グラブダブドリッブ渡航記

グラブダブドリッブは魔法使いたちの島であり、酋長は降霊術により死者を呼び出して24時間使役することができます。我々は歓待され、酋長の使役する亡霊の給仕を受けました。

我々は島に十日間滞在し、そのほとんどを酋長と供に過ごしました。 旅の話をして仲良くなった酋長は、我々に好きな人物を呼び出して質問に答えさせてやると言います。

私は歴史上の様々な偉人や学者をリクエストし、歴史的情景を見たり古代の学者たちと会話をしたりして大いに楽しみました。そして歴史の真実と虚偽を知り、醜悪な実態や歴史学者の無知も発見しました。

そうしているうちに時は経ち、紳士たちと別れて一人ラグナグへと旅立ちました。

ラグナグ渡航記

ラグナグ人は礼儀正しく寛容で多くの紳士と知り合いになり、その一人から不死人間ストラルドブラグの話を聞きます。 ラグナグではごく稀に左眉の上に赤い斑点のある子が生まれ、不死人間として生き続けているそうです。

私は「永遠に生きられる人間とはどんなに素晴らしいものだろう」と想像しました。 古代の美徳とあらゆる知識を備えたストラルドブラグに是非会ってみたいと、紳士に頼んで話す機会を得ます。

しかしよくよく聞いてみると、死なないだけで病気になるし耄碌もする呪われた生を送っているという話でした。 ストラルドブラグは我々と同様、80歳にもなれば何もできなくなり、90歳になればただ生きているだけの状態になります。 そしてそれからも歳をとるごとに肉体と精神は損なわれ続けるのです。

実際のストラルドブラグに会ってみても、一番若い200歳のストラルドブラグすら私に質問ひとつする好奇心もないようでした。 ラグナグではストラルドブラグが忌み嫌われており、私も長生きしたいという願望はすっかり醒めてしまいました。

私は国王に気に入られて官職に付くよう勧められましたが、故郷に帰りたいことを告げると日本の皇帝への推薦状を書いてくれました。私は国王と友人に別れを告げて日本へと旅立つのでした。

日本渡航記

私は日本南東部にあるザモスキという港町に上陸しました。 町奉行は推薦状のことを聞くと私を国賓扱いしてくれ、江戸まで馬車で送ってくれたのでした。

江戸の皇帝は「ラグナグの国王とのよしみのため、何でも願いを言うと良い」と言ってくれたので、私は日本と国交があるオランダ人のフリをして、長崎まで送って欲しいことと、踏み絵を免除して欲しいことを願い出ました。

「踏み絵をしたくないオランダ人など初めてだ」と怪訝な顔をされましたが、ラグナグ王に免じて願いはかなえられました。そして長崎からオランダ船に乗り込んでイギリスへの帰途に就きます。

航海は順調で特に何事もなく、私は5年6か月ぶりに故郷イギリスへと帰ってきて、妻子たちの健康な顔を見ることができたのでした。

MEMO

港町ザモスキがどこなのかはっきりしていませんが、作中の描写から「下総」を指しているのではないかと言われています。

ただ不確実な伝聞や創作による空想の可能性も高そうです。

フウイヌム国渡航記

私は5か月の間イギリスで幸せに過ごしていましたが、妊娠中の妻を置いてまたもや旅に出てしまいます。

インディアンと交易するために南西へと航海していましたが、途中で補充した船員が実は海賊で、反乱が起きて船を乗っ取られてしまいます。私は何週間も監禁され、やがてどこにあるのかも分からない島へと放逐されてしまいました。

フウイヌム国への漂着

内地を目指して歩いていると、毛深く醜悪な猿のような動物がいることに気付きます。猿どもは私にちょっかいをかけてきましたが、急に一目散に逃げ出します。どうやら近くにいた馬を見て逃げたようです。

やがて二頭の馬が近くにやってきて、私を監視するようにじろじろ見ます。二頭はまるで相談するかのようにいなないて理性的に私のことを検分するので、この馬は人間が魔法的な何かで姿を変えているのではないかとすら思いました。

頻繁に「ヤフー」と聞こえたので真似して発音してみると二頭は驚きました。それからいくつかの単語を同様に教えられましたが、私が数度で上達するのを驚いた様子です。

やがて一頭が私を建物へと案内し、中には数頭の馬が行儀よく座ったり家事をしたりしています。これだけ上手に馬を躾けるなんて、大変聡明な人間がいるに違いないと思いました。

別の建物に連れられると、中には先ほど見た醜悪な猿が繋がれていました。馬が私とそれを並べて見比べているうちに、猿がヤフーと呼ばれており、皮膚の色と毛深い事を除けばほとんど人間と同じであることに気付きます。

馬たちは私に理性があることを認めると、客人として扱ってくれるようになります。この国は馬が運営する国だったようで、私は馬の主人の世話になりながらこの国での暮らしを始めます。

フウイヌム国での暮らし

主人は物好きで私に何時間も付きっきりで指導してくれて、三か月もすると大よその言葉を覚えました。後日聞いた話では私のことをヤフーに違いないと思っていたのに知性があって驚いたそうです。

この国では馬の種族のことをフウイヌムと言い、私はフウイヌムのように知性のあるヤフーとして近所で評判になります。主人に「私の国ではヤフーが理性的でフウイヌムが動物的であり、ヤフーがフウイヌムの主人をしている」と話すと大変驚いたようでした。

フウイヌムは嘘を言ったり相手を疑ったりはせず、また悪徳、支配欲や物欲、憎悪や嫉妬などの非道徳的な感情も持っていないようです。この国にはそういったことを表す言葉すらほとんどなく、主人に伝えるのに酷く苦労しました。

そして主人に人間の歴史や文化を説明すると、人間とヤフーはよく似ていることを指摘されます。身体能力・容姿・清潔さ・知識などに違いはあるものの、欲深く凶悪な性質はそっくりだからです。

腐敗堕落した人間の欠点を指摘され、私は人間の虚偽や欺瞞が心底嫌になりました。そして高潔なフウイヌムを敬愛するようになり、人間世界には戻らずにこの国で余生を過ごしたいと考えるようになっていました。

しかしこの国に来て二年が過ぎた頃、この生活はフウイヌム達によって終わります。

フウイヌム国からの脱出

私はささやながら満足な暮らしをしていました。 主人の母屋から少し離れた部屋で、高潔なフウイヌムの友人たちと暮らせていたからです。

そんな中で主人からフウイヌム国の代表者会議にて「ヤフーを撲滅するべきだ」という議論がされたことを聞かされました。ヤフーほど邪悪で害をもたらす動物は他におらず、元々はこの国に存在もしていなかったからです。

そしてある日の代表者会議にて、主人は私を他のヤフー同様に労働させるか、さもなければ追放するよう勧告されました。主人や友人は擁護してくれましたが、もはや庇いきれない所まで来ていたのです。

この話を聞いた私は哀しみと絶望で悶絶しましたが、フウイヌムの性質からこの決定が覆らないことを理解していました。 私は主人の協力の下で船を制作し、友人のフウイヌムたちに見送られながらこの国を後にしました。

もうヤフーに囲まれて暮らすのは嫌なので、どこかの無人島で一人暮らそうと思いました。しかし上陸地でポルトガル人と会い、私はフウイヌムに見捨てられた哀れなヤフーだから放っておいてくれと言っても話が通じません。

連中は私が度重なる不幸のせいで頭が変になったのだと思い、親切にも私を保護して故郷イギリスへと連れ帰りました。 途中ヤフーの中で暮らすよりはと海に飛び込もうとしましたが、取り押さえられて鎖で繋がれる羽目になりました。

我が家へ帰ると妻から接吻を受けましたが、私はこの忌まわしいヤフーに触れられたショックで気絶しそうでした。 帰国した当初は家族と同じ部屋で食事をするのも耐えがたかったほどです。

私は若い馬を二頭買って、厩舎で馬たちと一緒にいる時だけ心が休まるのでした。

感想

ガリバーはハイスペックな男で、航海術と医療の知識を持ち、ひと月もあれば異国の言葉を大よそ覚えてしまいます。 異国にも簡単に馴染んで王様に気に入られる人柄もあり、その資質はうらやましい限りです。

ガリバー旅行記はそんなガリバーが様々な奇妙な国々に辿り着いて異文化交流する一種の冒険譚ですが、そこには現実の風刺が多分に含まれています。 実際の国と滞在先の国を比較する形で、間接的あるいは直接的に人間・社会・文化・国家を批判したり皮肉ったりしているのです。

第一篇~第二篇にはこれらの要素はそれほど多くなく純粋な冒険譚として楽しめますが、話が進むほどに風刺の割合が多くなっていきます。 特にフウイヌム編なんて胸やけがするほど厭世的で、作者スウィフトの恨み節のようでもあります。

子どもの頃に読み聞かされていたガリバー旅行記がこんな話だったとは…と思わせられる一冊です。

B!

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