トノサマバッタの大群が起こす恐ろしい災害「蝗害」
トノサマバッタはおとなしい草食の昆虫です。 まあ言うほど大人しくありませんが、少なくとも人が近づけば逃げ出す程度で特に獰猛だとか怖いだとかは感じません。
しかしトノサマバッタの大量発生が続いた場合、トノサマバッタは集団でエサを食い尽くす恐ろしい生物へと変貌します。 草木、農作物、家の建材、果ては人にまで齧りつき、普段のトノサマバッタとは似ても似つかない獰猛な性格になります。
トノサマバッタが大量発生して植物を食べ尽くすことを「蝗害」と言い、災害に指定されるほどの被害が出ます。 殺虫剤が発達した現代においては見られなくなりましたが、日本でも昭和初期頃までは蝗害が起きていたんですよ。
ワタリバッタの集団が起こす災害「蝗害」
トノサマバッタは体長3~6cm程度のやや大柄なバッタで日本のバッタの中では最大級の大きさを誇ります。 食性は草食寄りの雑食で肉食昆虫が持つような攻撃性や強力な武器を持っていないので、小さな子どもでも安心して捕まえられる部類の昆虫です。
しかしこのトノサマバッタ、時として大群となり何もかも食べつくす獰猛な集団となります。 これを「蝗害」と言い、災害の一つに数えられるほどに甚大な被害をもたらします。
なお蝗害はイナゴの害と書きますがイナゴは関係なく、ワタリバッタやトビバッタなどの一部のバッタが引き起こします。 トノサマバッタに限った話ではありませんが、本稿においての記述はトノサマバッタで統一します。
蝗害ではトノサマバッタが数千万~時に数百億匹の集団を作り、辺り一面の植物を根こそぎ食べつくします。 日本においても昭和初期頃まで蝗害は度々発生しており、明治に北海道で発生した蝗害では360億匹ものバッタを駆除した記録が残っています。
そんなトノサマバッタが集団で大移動するから大変です。時に数百キロの列を作ることもあり、過ぎ去るのに数日かかることもあります。 しかもこの集団も普通に道中で繁殖活動を行うので、一度蝗害が起きると翌年・翌々年と何年も蝗害が続くこともザラです。
殺虫剤が発達して未然に防ぐことが可能になった現代日本においてはあまり聞かなくなりましたが、発展途上国などでは未だに発生している恐ろしい災害なのです。
こんな恐ろしい生き物が我々が知るトノサマバッタだとはとても思えませんよね。実際に蝗害の原因となるのは我々の知るトノサマバッタとは少し違うトノサマバッタが引き起こしています。違うと言っても種が違う訳ではなく「群生相」のトノサマバッタによるものなのです。
蝗害のバッタを食べるのは危険
蝗害で食料が無くなるのなら、この大量のバッタを食べれば良いと思うかもしれません。 しかし食べるには大きな問題があります。
蝗害を防ぐために大量の殺虫剤を撒くので、蝗害のバッタは殺虫剤の成分を体に貯め込んでいる可能性があります。 通常殺虫剤は人への影響が少ない成分のものが使われますが、蝗害はそんな人に優しい殺虫剤を撒いている場合ではないのです。
そのため蝗害時にはバッタの売買が禁止されているほどです。 だから食べてどうにかするのは、あまり現実的ではありません。
環境によって生態が変わる「相変異」
我々が普段から見かけるトノサマバッタは「孤独相」のものです。 基本的に単独で生活し、同種同士は互いに距離を取ろうとします。
しかしトノサマバッタが大量発生して個体の密度が高い環境で育つと「群生相」の子を産むようになります。群生相の個体は孤独相のものと比べて暗色・長い翅・短い足・幅広い頭などの特徴を持ち、また集団でいる事を好むようになります。
このように環境によって子の特徴や性格が変わる性質を「相変異」と言います。相変異は一部の昆虫に見られる性質です。
群生相のトノサマバッタは長距離を移動するのに適した体を持っており、風に吹かれて遠くまで飛行できます。時に何十kmも飛行することもあり、海を渡ってやってくることすらあります。そして普段は食べない植物も食べる悪食になり、農作物・家の建材・動物に齧りつくようになるのです。
これはトノサマバッタが快適に暮らすのために住む場所を移動しなければならないための変化と考えられます。 要は互いの距離が近すぎる=数が多すぎて生きていくのが難しいから新天地への移動が必要になり、それに適した体や性格の子を産む訳です。 そして移動した先々で産卵し、トノサマバッタの生息域がより広がることになります。
個体の密度で子の特徴を変えてしまうなんて凄い仕組みですよね。 生命の神秘を感じます。