大晦日と正月の雑学【年越しそば・おせち・初夢・初詣】

*

年末の大晦日や年始の元旦には色々なイベントがあります。 年越しそば、おせち、初夢、初詣など、挙げればキリがありません。

しかしこれらがどういった理由で行われているのかは案外知らないものです。 また中には慣習を誤解している人も見受けられます。

大晦日と正月のイベントについて一度確認しておきましょう。 案外知らないことも多いものですよ。

年越しそばは大晦日の昼から晩に食べる

toshikoshi soba

年越しそばは大晦日の昼から晩に食べます。 年越しギリギリを狙ったり元日に跨ぐタイミングで食べる人もいますが、そんな年越し丁度に食べる習慣ではありません。

そばを食べる理由には諸説あり、そばが切れやすい事から一年の厄を切るためとか、そばが長いことにあやかって長寿や良縁が長く続くことを祈願しているとか言われています。 つまり語呂合わせですね。

おせちは元々は手抜き料理で起源は神への供え物

oseti

近年おせちはどんどん手間のかかったものになっている印象があります。 正月におせちと聞くと豪華料理のようなイメージが沸きますよね。

しかし昔はおせちは手抜きのための料理だったそうです。 少なくとも我が家にはそう伝わっています。

昔は1月1日から3日までの三が日はほとんどのお店がお休みでしたので、晩御飯のおかずを当日買うことはできません。 24時間365日何かしら営業している現代の常識からは考えられませんね

そんな事情もあって年末にまとめて食材を買い、三が日の間に食べるための料理を作る必要がありました。 少し濃いめに味を付けて長持ちするように調理して、重箱に盛り付ければそんなおせち料理が完成です。

三が日は新年を祝うための日であり、正月の飾りつけ・初詣・地域の寄合など何かとイベントが盛りだくさんです。 それらをこなしつつも主婦がしっかり休養できるようにおせちが作られていた訳です。

最近はどちらかと言うとむしろ手間暇をかけて作ったりちょっと奮発して買ったりする、豪華料理的な側面が強くなっているように思います。 そもそも三が日でもお店が営業しているので手抜きしたいならおせちを作る必要もありませんしね。

日本のおせちの起源は弥生時代までさかのぼり、当時は神に収穫を感謝してお供えするためのものだったようですよ。 今のおせちとは大分違いますが、少しずつ形を変えながらも現代まで脈々と続いているのです。

初夢は元旦の夜または2日の夜に見る夢

hatsuyume

元旦の夜もしくは翌2日の夜に見る夢を初夢と言い、初夢はその一年を占うとされています。 その初夢の中で見ると縁起が良いと言われているのが「富士山」「鷹」「茄子」で、「一富士二鷹三茄子」と言われています。

初夢の縁起物とされるのは日本を統一せしめた天下人・徳川家康の好んだものだとか、末広がりや高く上がる様が縁起が良いとか、ただの語呂合わせだとか諸説あります。 少なくとも鎌倉時代には初夢の概念はあったようで、それから時代を下るごとに色々変節していったんでしょう。

「一富士二鷹三茄子」までは良く聞くと思いますが、実はこれ六まであります。 四以降は諸説あるのですがよく言われる内訳は以下の通りで、上にあるものを見るほど縁起が良いとされています。

初詣の成立は明治中期から

hatumoude

お正月と言えば初詣ですが、その歴史は意外に新しく成立は明治以降です。 それ以前の大晦日や元旦には地域の人々を守っている「氏神」を祀る氏社への参拝や、自分の家から恵方(その年の良い方向)にある神社にお参りする恵方参りが一般的でした。

明治中期になると鉄道が発達して交通の便が良くなり、遠くの神社へも比較的簡単に行けるようになりました。 すると鉄道会社と神社は初詣客を呼び込むために盛んに呼びかけ、やがて氏社や恵方に関係なく有名な神社に訪れる「初詣」という習慣になりました。 初詣とは言ってしまえば鉄道会社と神社のマーケンティング戦略の賜物なんですね。

そうして初詣は定着して、元旦の代表的な参拝イベントとなって今に至ります。 なんだかありがたみがなくなる話でしたが、まあ宗教なんてそんなものです。クリスマスやハロウィンを馬鹿にできませんね。

以上、大晦日とお正月の雑学でした。

\share/

よく読まれている記事