忘れて欲しいけど忘れて貰えない!そんなネットの「忘れられる権利」とは

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人間何年も生きていると、消してしまいたい・忘れたい思い出が沢山積み上がります。 あなたにも夜中に急に思い出して布団の中で悶える思い出の一つや二つはあるのではないでしょうか。

ネットのない頃は大抵の物事は時間の経過と共にすり減っていきました。 しかしネット社会においては厳重なバックアップが災いして、完全に当時のまま残っていたりします。

これは大切な思い出をそのまま確認できる一方、忘れたいことや消したいことまでそのまま残っています。 消せば消えると思っている人、世の中には消したページを見る手段もあるんですよ・・・

忘れられる権利とは

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1992年に日本発のウェブサイトが作られてから今日までにウェブは凄まじい進化を遂げ、とても身近なものになりました。 ウェブとの関わり方も人それぞれですが、中には日記として使ったり、自分の意見を発信している人がいます。

しかしその内容、未来のあなたやあなたの子どもが見た時にどう思うかまでは考えていませんよね。 それが普通ですが、その普通が将来のあなたを苦しめるかもしれません。

例えばあなたが中高生ぐらいの頃、不良の真似事をしてみたり、大人ぶって議論してみたり、通ぶったりしたことがあったりしたでしょう。しかしその時に格好いいと思ってしていたことは、齢を重ねるうちに恥ずかしい・忘れられたい思い出に変わることがあります。

ひと昔前なら「こいつは昔ワルでさ~」と時々弄られるぐらいで済んだかもしれません。 しかしネットが発達した今日では、昔のSNSを探して掘り起こせば、当時の鮮明な記録をそのまま表示させることができるのです。 かくいう私も、昔のtwitterアカウントを見ると嫌な汗が出てきます。

もしあなたの友人・恋人・家族があなたの書いたブログやSNSを発見してじっくり閲覧したら・・・ どんなことを書いているかにもよりますが、あまりいい気はしませんよね。 悪い思い出はもちろん、いい思い出であっても知られたくないものはあります。

人間生きていれば忘れたい事や知られたくない事が沢山できます。しかしネットに記録された情報は簡単に消えてくれません。 つまり忘れてくれないのです。そしてこれを忘れてもらうのが「忘れられる権利」という訳です。主にインターネット上のプライバシー保護の観点から議論され、特に欧州では「消去権」として権利が認められています。

ただ日本においては名誉棄損やプライバシー侵害による申し立てと同一視されており、独立した権利としては認められていません。 検索エンジンなどはガイドラインに沿ってある程度対応してくれますが、サイトへは削除要請に応じてくれなければ訴えるしかありません。容易に痕跡を消すことができないのが今日の現状と言えます。

インターネットから忘れられることの難しさ

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「インターネット上に記述を残したくないなら消せばいいだけじゃないか」と思うかもしれませんが、単純に消しただけでは解決しない可能性があります。例えばインターネットアーカイブというサービスがありますが、これはネット上の様々な情報を定期的にアーカイブとして保存しています。タイミングにもよりますが、消したはずの嫌な記録がここにそのまま残っていることも考えられます。

自分が書いたものですら完全に痕跡を消すのは途方もない作業なのですが、これがニュースや炎上騒動などだった場合、更に途方もない作業となります。各サイトに削除要請を出し、場合によっては(というか大抵の場合)法的手段を検討しなくてはならないでしょう。

あなたの名前を検索して「こいつは犯罪者だ」とか「最低な人間だ」とか出てくる場合、今後の友人作り・就職・結婚などに多大な影響を及ぼすことは想像に難くありません。

何かとんでもないことをしでかしたのなら仕方ないかもしれませんが、些細な間違いや若かりし頃の過ちがいつまでも検索トップに出てくるのはやり過ぎなようにも思います。中には根も葉もない中傷やデマがさも真実のように語られて人生が歪むことすらあります。スマイリーキクチ中傷被害事件とか有名ですよね。

実際に犯罪者であっても、情報が残り続けることによって更生が阻害されたり、子や親族までもが過分に虐げられることにも繋がります。ネットの炎上騒動などを見ていると、やった事に対しての騒動が大きすぎる場合が沢山あるように見受けられます。

過去の情報も検索一つで気軽に出てくるようになって便利になったことは確かですが、その便利さゆえの弊害が出てしまっているのではないでしょうか。「ネット上で実名を出すのは愚かなこと」という風潮すらあります。もっと気軽に使えるようになるといいんですけどねえ・・・

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