ロダンの「考える人」は、実は「見る人」だった

man-is-a-thinking

ロダンという美術家を知っていますか? 上野の国立西洋美術館前にある「考える人」なら知っている人も多いと思います。あれを作った人です。

実はあの考える人、考える人じゃないんです。正しくは「見ている人」なんです。

見ている人は何で考える人になったの?

man-is-not-a-thinking

1880年ごろ、ロダンの元に「美術館を作るから記念の作品を作ってくれ」と依頼が来ました。 そこでロダンが制作に取り掛かったのが「地獄門」です。これはダンテの書いた作品「神曲」の中に登場する門なのです。

神曲のあらすじをざっと言うと「ダンテが森で迷ったらうっかり地獄に迷い込んでしまって、そこから地獄をめぐり煉獄を登って天国に昇天して色々あって至高天にたどり着いて神の愛って素晴らしいと思った」というお話しです。(適当)

この地獄篇に出てくる地獄の入口にある門が「地獄門」という訳です。この門に書いてある「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」というフレーズは割と有名なんじゃないかと思います。

色々あって美術館の建設は取りやめになったのですが、ロダンは作品を作り続けることにしました。 そして1889年に作品の一環として「詩想を練るダンテ」と呼んでいた作品を「詩人」という名でを発表しました。これが今で言う「考える人」です。名前変わりすぎですね。

その後も制作は続けられましが、1917年にロダンは製作途中で没してしまい、地獄門は未完成の作品となってしまいます。

その後、発表されていた「詩人」はいつの間にか「考える人」と名前が変わっていました。 「詩人」を鋳造していたリュディエが名付けたと言われています。

hess's-gate

さてここで問題なのですが、考える人は地獄門の一部として独立してはいますが、地獄門の中にも考える人が存在します。 地獄門の上に座って、地獄の様子を伺っているのがそれです。

考える人単体で見れば、当初呼ばれていた「詩想を練るダンテ」という名と、いかにも考えているように見える構図は「考える人」にふさわしいでしょう。

しかし地獄門の一部として見た場合、地獄門の様子を伺っているダンテは考える人というよりも「見る人」とした方がしっくりくるという訳です。

まあ地獄を見ながら何か考えてるのかもしれませんけどね。

地獄門や考える人はパリにあるけど、上野にあるのは偽物なの?

上野にある「地獄の門」や「考える人」は本物です。もっと言うと世界中に本物があります。

これらはロダンが型を作ってそこに鋳造職人が素材を流し込んで作られたものです。 地獄の門は世界に6つ、考える人は世界に21個存在します。

地獄門の一部でありながらその3倍以上の数を誇る考える人は、もはやこれ単体で独立した作品と言えるかもしれません。そう捉えた場合、「考える人」という名前でもいいのかもしれませんね。

雑学王 HOME