カントの散歩してる姿を見て人々は時計を合わせた

kant

ドイツの哲学者カントは数いる哲学者の中でも指折りの有名人です。 天才的な哲学者であり、教育者であり、趣味人だったカントですが、妙な逸話も持っています。

時間ピッタリに散歩しているから、時計として使われていたというものです。

時計代わりにされたカント

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良く知られるカントの逸話として、異常なまでに規則正しい生活をしていたというエピソードがあります。 早朝に起きると自宅で少し研究した後に大学で講義を行い、帰宅後には人を招いて食事会をして、その後決まった道を決まった時間に散歩したというものです。

特に散歩は時間ピッタリに行われていたため、散歩するカントを見て人々は時計を直したと言われているほどです。 もっとも当時の時計は手動巻き式で精度は現在とは比べ物にならないので、秒単位で正確だった訳ではないでしょうけどね。

カントは周囲の騒音や歌声が異常に気になったり、物を置いている位置が普段とずれていると大変気になったりと神経質な面を持っていました。研究分野ではその性格から複雑で緻密な分析を可能としたのですが、日常生活を切り取るとちょっと変わりものですね。 生涯独身で会食に女性は呼ばず、食事は1日1食、食事マナーはあまり良くなかったようです。 アスペルガーの天才と評されることもありますが、これらのエピソードを見るに実際そうだったんじゃないかなと思わされます。

そんなカントですが、この規則正しい生活を手に入れたのは意外にも63歳になった頃のことです。 若い頃は家庭教師の掛け持ちや論文の執筆で生活するだけで大変でしたし、教授となってからも大学の講義や論文の執筆に追われています。 更にカントは最終的な家に引っ越すまでに6回も引っ越しています。騒音などに悩まされて周囲と折り合いが付かず、警察に直訴した事もありました。63歳になって終の住処を得て、半ばリタイアした身だからこそ実現できた生活なのかもしれません。

カントの生涯

カントは1724年にドイツの馬具職人の四男として生まれました。 大学まで進学し自然科学を専攻しましたが、父が没して資金面の問題から退学してしまいます。 それからは家庭教師などで生計を立てるもその生活は苦しいものだったようです。

しかし論文を出版して学位を得たり、大学から教授就任の打診があったりとそれなりに評価はされていました。 そしてカントが46歳の時、ケーニヒスベルク大学から哲学の教授就任の打診があり、それを受諾します。 カントは哲学の他にも様々な講義を担当し、その授業は知的で熱意のあったものでした。 そして47歳の時に代表著書ともいえる「純粋理性批判」のアイデアを思いつき、それから10年かけて形にして出版しています。 晩年にはケーニヒスベルク大学総長まで務めました。

63の頃には終の住処も手に入れて、ようやく平穏な生活を手に入れたカントは毎日規則正しい散歩を楽しみます。 しかしある日、散歩の時間になっても一向に姿を見せません。 一体どうした何かあったんじゃないかと噂されていた頃、カントはルソーの著した「エミール」を呼んでいました。 あまりに熱中して普段欠かさずしていた散歩を忘れていたのです。

カントは後に「わたしの誤りをルソーが正してくれた。目をくらます優越感は消えうせ、わたしは人間を尊敬することを学ぶ」と記しています。天才が60を超えてもまだまだ学ぶことはあるのですね。

カントはこの生活を晩年まで続け、79歳でその生涯を閉じました。 最後は砂糖水で薄めたワインを飲み「うまい(Es ist gut.)」と言って亡くなったそうです。 (「Es ist gut」を「これでよい」としているものを見ますが、直訳すぎるように感じます)

哲学の巨人カントは現代にまで影響をもたらしています。 その生活には色々学ぶことがあるようなないような・・・天才って難しいですね。

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